2-19
襲われた日から二日後、右腕にギブスをして久しぶりに登校する。
受験生の身として、利き腕が使えなくなるのはかなり辛い。
このままじゃノートは取れないので、何とか左手で書けるように練習する必要がある。
二度目の授業なんだから、大丈夫だろうと思うかもしれないが、残念ながらそういうわけにはいかない。
授業内容なんて、もうほとんど覚えていないからだ。
テスト内容は結構覚えているのに、この違いは一体何なのだろうか。
とまあ、そんな疑問はいいとして、莉子だ。
クラス見回してもまだ来ておらず、クラスメイト達が俺の方を見ているだけだった。
「おお! 大輔来た⁉︎」
「不良グループの奴らと喧嘩したんだって? しかも、勝ったらしいじゃん⁉︎」
「腕折れてる⁉︎ 大丈夫なの⁉︎」
クラスメイトが興味津々といった様子で聞いて来るが、「大丈夫大丈夫」と適当に流して席に座る。
誇るつもりはない。
喧嘩になった原因を質問されると、行き着く先は汐井になるから、そこは伏せていたかった。
あの日の出来事は、汐井だって思い出したくないはずだ。
しばらくすると、汐井がやって来る。
特に変わった様子は無いのだけれど、いつもより明るく溌剌としている。
次にクラスに入って来たのは二島。
二島は汐井とは逆で、俯いていて落ち込んでいるようだった。
何かあったのだろうか?
クラスメイトの女子に二島のことを尋ねると、「彼氏と別れたらしいよ」と小声で教えてくれた。
北方と別れたのか?
先に来ていた北方は、友人と普通に会話をしており、二島を気にした様子は無い。
付き合っていることを秘密にして欲しいとお願いされたから、誰にも言わなかったのだけれど、別れたのなら教えて欲しかった。付き合っている前提で会話をしていたら、いろいろと気まずくなっていたから。
それにしても、別れた原因は何だろうか?
俺との写真を撮られたからというのは……、無いと思いたいな。
二島が必死に否定していたから、大丈夫だと思っていたけれど、一応確認はしておいた方がいいだろうか?
席を立ち、北方と声を掛けようとする。
しかし、莉子がやって来たので向きを変える。
「莉子、放課後話がしたいんだけど、いいか?」
「うん……」
メッセージは送っていたけれど、返信が無かった。
既読は付いていたから、見てないということはないはずだ。
この日の授業は、いつもより短く感じた。
自分から言い出しといて、放課後に来る話し合いの時間が嫌なようだ。
情け無いなと、自嘲する。
本日の授業が終わり放課後。
これまでと変わらず、莉子を連れて歩く。
いつも通りなのだけれど、緊張しているのか言葉が出て来ない。
「……この前、倒れてごめんな」
「うん」
「救急車呼んでくれたんだろう? 助かったよ、腕も折れてたし……」
「……うん」
「そういえば、二島と北方別れたんだって? 知ってた?」
「……知ってる。少し驚いた」
「原因は何だったんだろうな? 俺、関係あったりするのか?」
「北方君が、勉強に集中したいんだって。チサ泣いてたけど、仕方ないって諦めてた……」
「……そっか」
期末テストまで、もう一ヶ月を切っている。
高校受験も年が明けて少ししてだ。
狙う高校次第では、今からラストスパートをかけるのは寧ろ遅いくらいだろう。
「北方はどの高校狙ってるのか知ってる?」
「さあ……あっ、前に小倉高校に行きたいって話ししてたよ」
「おお、凄いな」
小倉高校は北九州でもトップの高校だ。
あそこに進学出来たら、将来も安泰だろう。
「……」
「……」
会話が途切れる。
他人を話しのダシにしているのに、こんなに盛り上がらないものだろうか。
はあーっと息を吐き出すと、腹を括る。
この空気を、さっさと終わらせよう。
「莉子、別れよう」
「……うん」
「言っておくけど、俺は今でも莉子が好きだからな。それだけは忘れないで欲しい」
「うん、私も好きだよ」
照れ臭そうに莉子は呟く。
嬉しいこと言ってくれるけれど、もう無理なんだろう。
俺が別れるのを決断したのは、莉子から言われたからじゃない。病院で父さんに叱られたからだ。
あの喧嘩は、俺の責任だった。
なのに莉子を巻き込んでしまった。
危険に晒してしまった。
それに、怒られてからようやく気付いた。
情けなくて仕方ない。
莉子を守ると心に誓っていたのに、実態は危険な目に遭わせているのだから始末に負えない。
もっと、ちゃんと守れるようになりたい。
そう考えると、別れるという選択肢しかなかった。
「あのさ、別れるって言っといて悪いんだけど、俺の我儘を聞いて欲しい」
「うん、いいよ。私に出来ることなら、何でもするよ」
そう言ってくれるのなら、俺も遠慮せずに言おう。
「これからも、莉子を守らせて欲しい」
「え?」
「何かあったら、必ず俺に相談するって約束してくれ。頼む」
ここにいる理由。
過去に戻って来た理由。
莉子が不幸な目に遭わせないようにする。それが、俺の存在している理由だ。
俺の願いを聞いて、莉子は戸惑っている。
「ねえ、大輔はどうして私を守ろうとするの? 事あるごとに、『何かあったら言え』って言うけどさ、私ってそんなにか弱く見える?」
「そうじゃない、ただ莉子を守りたいんだ。高校に入学するまででいい。それまでの間、俺を信じてくれないか?」
そう言うと、莉子の表情が曇った。
どうしたんだと尋ねようとするけれど、直ぐに元通りになってしまった。そして、意地悪な質問をする。
「じゃあさ、私が高校に行かなかったらどうするの?」
悪戯っぽい表情を浮かべている。
まるで、俺がどう答えるのか試しているようだ。
でも、何か違和感を覚える。
どうしてだろう?
違和感の正体は分からず、俺は本心から答える。
「それは……、高校に行くまで、ずっと守るよ。好きな女の為なら、それくらいするさ」
この言葉に、莉子は微笑みを浮かべる。
それから、予想外の返答をされる。
「じゃあ、守らせて上げられないね。私は、私の道を行くからさ、大輔は、大輔の道を行ってよ。私と大輔はここでお別れしよう……。そうじゃないと、お互い不幸になるよ……」
莉子が俺の胸元を指先で押して、お互い一歩離れる。
手を伸ばせば届きそうな距離。
それなのに、途轍もなく遠くに感じてしまった。
「じゃあね、ばいばい」
莉子は、いつものように手を振って帰って行く。
俺は引き留められず、見ていることしか出来なかった。
期末テストが終わると、ある噂が流れた。
莉子の親が人殺しだという噂が。




