2-18
警察から逃げた先には、莉子が立っていた。
先に帰っていて欲しいとお願いしたのに、どうしてここにいるのだろうか? なんて疑問は浮かばなかった。
彼氏が不良グループに連れて行かれたのなら、心配するのは当然だろう。反対の立場なら、俺だって助けるタイミングを窺っていたと思う。
だから、これも莉子なのだろう。
「警察呼んでくれたのって莉子?」
「うんそう。まったく、無茶し過ぎ。あんなの、怪我だけじゃ済まないよ普通」
「すまん。でも、やらないといけなかったんだ」
「だからって心配掛けないでよ。途中で逃げることだって出来たでしょ?」
移動している間に逃げ出すことは出来た。
警察署の場所だって知っているから、そこまで走って行けば追っては来なかっただろう。
だがそれだと、不良グループから聞き出せず、誰からの指示なのか分からないままだった。それに、これから先も狙われることになる。
それは回避したい。
もしそうなったら、莉子も巻き込んでしまうだろうから。
「腕、大丈夫?」
「大丈夫だ、ただの打撲だから」
右腕が痛む。
強がって言ってみたが、骨折していそうだ。
いくら体が頑丈でも、バッドで腕を殴られたら無事では済まない。
「ちゃんと病院行って検査しなよ」
「おう、明日学校行く前に行って来るよ」
それだけ言うと、二人で並んで歩き出す。
腕は相変わらず痛いけれど、無視して莉子との会話を続ける。
さっきまでの乱闘が嘘のような普通の雑談。まるで、暴れたことが無かったかのように接してくれて、俺の昂った気持ちが落ち着いて行く。
そんな時、莉子がある話題を振って来る。
「大輔は、犯罪者は罪を償っても許されるべきじゃないって思う?」
「ん? その罪によるんじゃないか。あと、再犯しないとか」
「……人殺しとかは、許されるべきじゃないよね?」
「殺人は論外だろう。あと、結果的にそうなる犯罪とか」
「結果的にって、どういうの?」
「被害者にとって、殺されたも同然の行為」
たとえば、前のあいつらが莉子にしたような罪。
その結果、莉子だけじゃなく両親も後を追ってしまった。
決して許しちゃいけない。
奴らは、実質三人の命を奪っているのだから。
「それもそうだね……」
莉子は俺の意見に同意してくれた。
でも、次の言葉に俺は直ぐに反応出来なかった。
「……ねえ、私達別れない?」
「…………は?」
思わず足を止めてしまう。
何を言われたのか理解しようと、さっきの言葉を頭の中で整理する。
「……どうして?」
苦しくても何とか理解して、絞り出した言葉がこれだった。
「たぶん、私と大輔の価値観合わないよ」
「いっ、いや、これまで付き合って来て、そんなこと無かっただろう……?」
違っていたら、一年近くも付き合わないはずだ。それとも、莉子は無理して俺に合わせていたのだろうか?
「そうだね、気は合うと思うよ。でも、価値観は別。私ね、犯罪を犯したとしても、反省して更生してくれたらいいと思ってるんだ。じゃなかったら、救いがなさ過ぎるじゃない」
喉が渇く。
「……それって、人を殺してもか? 人の尊厳を奪ってもか?」
「うん。私はそうであって欲しいと思ってる」
血の気が引く。
腕の痛みが増して頭痛がする。
「……あっ、待ってくれ……。すまん、頭が……」
それを莉子が言うのか?
あんな目に遭っていたのに、あいつらを許そうと思っていたのか?
お前の親父さんと母親も亡くなったのに、そんなことを言うのか?
残された人達の苦しみよりも、罪を犯した奴らを思うのか?
だとしたら、何の為に……。
「大輔⁉︎ 大輔大丈夫⁉︎」
息が苦しい。
目眩がして壁に寄り掛かってしまう。
倒れそうな俺を支えようと莉子が寄り添ってくれるけれど、それが不快だった。
俺は莉子の肩を掴んで問う。
朦朧とし始めた頭を必死に働かせて、莉子に聞く。
「なあ、莉子。だったら、だったら、俺は……どうしたらよかったんだ?」
「え? 何、が?」
「莉子が居なくなって、どうしたらいいのか分からなくなった。後から知って、莉子に酷いことした奴らを潰した。それもやるべきじゃなかったって、言うのか?」
「私が?」
「高校に入っても、ずっと考えてた。どうして俺を頼らなかったのかって、どうして気付かなかったのかって、ずっと後悔しっぱなしだった。なあ、俺はどうするべきだったんだ? 教えてくれよ……頼むよ、莉子……」
立っていられなくて、その場に座ってしまう。
「大輔⁉︎ 大輔⁉︎」
心配する声を聞きながら、意識が遠のいて行った。
◯
「……やっちまった」
病院のベッドの上で後悔する。
莉子が知る必要のないことを話してしまった。
具体的には言っていないとはいえ、話すべきじゃなかった。
それに、あそこで倒れてしまったのはまずかった。
救急車で運ばれて、病院で検査をすると腕が折れていた。それはいいのだけれど、どうやって折ったのかという話になった。
転んで、と誤魔化したのだけれど、莉子が説明していたようで喧嘩したことがバレた。おかげで、警察に事情を聞かれるハメになってしまった。
その結果、両親がブチ切れている。
「大輔、喧嘩したんだってな。どういうつもりだ! 莉子ちゃんまで巻き込んで、何考えている‼︎」
「あんた受験前だってのに何考えてんの⁉︎」
「ごめん……」
目を覚まして早々、話を聞かれ怒られた。
そこに莉子の姿は無く、どうしたのかと話を聞くと「女の子をこんな時間までで歩かせるのか?」と、真っ暗になった外を見ながら言われてしまう。
「莉子ちゃんにも迷惑かけたんだから、ちゃんと謝っておきなよ」
「ああ、そうするよ……」
まずは、巻き込んだことを謝らないとな。
警察呼んでくれたこともお礼言わないと。
あと、変なことを言ってしまったのも謝らないと。
でも、俺が話しかけてもいいのだろうか?
「大輔、あんた泣いてんの⁉︎」
母さんが俯いた俺を見て驚いている。
「泣いてねーし」
そんな訳ないだろうと否定するが、視界が歪んでしまった。
どうやら俺は、かなりショックを受けているようだ。
「どうした? どこか痛いのか?」
「先生呼んで来ようか?」
心配してくれている両親だけど、二人にも報告しないといけない。
二人とも、莉子のことを気に入っていたし、とても仲が良かった。でも、その関係も終わってしまう。
「ごめん、父さん母さん。……莉子とは、別れたんだ」
「はあ⁉︎ またどうして?」
「受験前だから?」
こういうのは話したくはないけれど、ちゃんと説明しておいた方がいいだろう。
「価値観が合わないってさ。罪を償った犯罪者は、許されるべきだって、莉子が言うから……」
莉子とのやり取りを説明すると、両親はたった一言だけ告げた。
「それは、大輔が悪い」
まさか俺の考えが、親にまで批判されるとは思わなかった。
とはいえ、否定もされなかった。
犯罪者を許すなというのが、おかしな考え方なのかと訴え掛けると、
「莉子ちゃんには言うな」
と言われてしまった。
何だよそれ。そう反発するのだけれど、後になって、この言葉の意味をもっとよく考えておけばよかったと後悔する。
莉子がどうして、そう考えるようになったのか。
何があって、その考えに至ったのか。
いくらでも気付けるタイミングはあったのに、俺は全てを見逃してしまっていた。




