2-16
翌日、クラスではすでに噂になっていた。
俺が二島が浮気をしている。
そんな下らない噂だ。
「違う! だから違うって! 私と中川君はそういうんじゃないって⁉︎」
二島は必死に否定しているけれど、これを信じるのはどれだけいるだろうか? 俺も否定しているが、その目は冷たい。
撮られた写真は、使われていない教室から出て来る俺と二島の姿。SNSにアップした奴のユーザー名は『パパラッチ』という自称クラスの情報通で、これまでにも沢山の情報を流しているようだった。
ほとんどの人は、この写真を信じるだろう。
まったく、ふざけた話だ。
「すまん莉子、迷惑を掛ける」
「あはは、気にしてないから大丈夫だよ」
莉子には説明している。
二島に呼び出されたのと、その理由。莉子と別れろと言われたことも含めて、全て話をしていた。
不良グループの件もあり、いつ襲って来るか分からない。だから、安全を考えて別れてもいいと言っている。
すると、「そっか、ごめんね私のせいで……」と、別に悪くもないのに莉子は謝っていた。
でも、別れるとかそういう話はしなかった。
莉子はどうしたいのだろう?
本当はどう思っているのだろう?
二島が言っていたように、本当は嫌なんじゃないだろうか?
俺は別れたくない。でも、莉子の迷惑にもなりたくない。
そんな考えがぐるぐる回って、莉子から視線を逸らす。
その先で、北方の姿を見た。
北方は、渦中の二島ではなく莉子を真っ直ぐに見つめていた。
その視線はとても優しくて、それでいて俺を不安にさせた。
どんな意思を込めて、北方は莉子見ていたのだろう?
その視線を莉子は気付いていないようで、ただぼうっとしているだけだった。
◯
図書室で勉強道具を広げて、二人並んで勉強する。
俺達以外にも人は居て、エアコンの効いた図書室で集中していま。
みんなが必死に勉強する中で、莉子の様子は相変わらずで、上の空というか勉強に身が入っていない。
「なあ、何かあったんじゃないのか?」
「何も無いよ。心配しなくても、大丈夫だから」
そう言いながらも、視線はノートではなく窓の外を眺めていた。
それはまるで、遠くに行きたいかのようで、思わず手を取ってしまった。
「なに? どうかした?」
「あっ、いや、すまん。何だか、莉子が遠くに行ってしまうような気がしたんだ……」
「行かないよ……。私は、どこにも行けないから……」
これまでと変わらない表情なのに、今は何故か悲しんでいるように見えた。
何か聞かないといけないのに、次の言葉が出て来ない。何と聞けばいいのか、俺には分からなかった。
無言の俺を見て、莉子は話を続ける。
「私の将来の夢、お医者さんって言ったの覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
付き合い始めた当初、話題が無くてお互いの将来の夢なんかを語ったことがある。
俺は特に無くて、プロのバスケットボール選手と適当に言っていたのだけれど、莉子は真剣に話してくれた。
医者になって多くの人を救いたいと、いざという時、誰かを助けられる資格と知識が欲しいと言っていた。
その時の莉子は眩しく見えた。
羨ましいと思って、そんな人だから惹かれたんだなと納得もした。
「私、なれるかな……」
「なれる! 莉子なら絶対医者になれる!」
俯き気味な莉子を見て、俺はそう口にしていた。
ここが図書室なのも忘れて、声を出してしまった。
「ちょっ⁉︎ しーっ‼︎」
「あっ、すまん……」
周りから注目されてしまい、図書委員なんて俺達を睨んでいた。
大声を出してしまったのは失敗だったが、莉子がどうして元気が無いのか分かった気がする。
何らかの理由で、医者になれる自信が無くなったのだろう。
どうしてなのかは分からないけれど、それさえ解消してやれば、莉子はいつも通りに戻るはずだ。
何をするべきか見えて来て、俺はやる気が出て来た。
注目されたのもあり、居心地が悪くなって俺達は図書室から退出する。
今日はもう帰ろうという話になり、そのまま学校を出た。
「大輔はさ、何で塾通わなかったの? 勉強出来るんだからさ、塾行ってたらもっと上の高校狙えてたんじゃない?」
「俺の場合、部活を優先したってのもあるけど、今さら通ってもそこまで変わらないと思ったんだよ。そういう莉子はどうなんだ?」
「私も似たようなものかな。そもそも、うちには塾に通う……あっ」
莉子は立ち止まり正面を見る。
連れられて俺も前を向くと、そこには武器を持った不良グループがいた。
背後にもいて退路が絶たれている。
人数も増えていて、八人もいる。
あの日、バイクで追われた時と同じ数だ。
嫌なことを思い出したせいか、背中の刺された箇所がジクジクと痛み出す。
不良グループの一人、俺が病院送りにした奴の弟が口を開く。
「中川、やっぱお前じゃねーか。俺の兄貴襲ったのはよぉ‼︎」
「襲ってなんかいねーよ、悪人退治しただけだ。お前の兄と友達が何をしたのか知っているんだろう?」
「うるせー‼︎ そんなの関係ないんだよ‼︎ 兄貴はな、俺には優しいんだよ‼︎」
「犯罪者のことなんか知るか」
そう言うと、莉子が俺から離れた。
どうしたのかと横目で見ると、俯いて下唇を噛んでいた。
どうしたんだ? そう声を掛けたいけれど、状況が許してくれない。
「お前も同じ目に遭わせてやる。二度と歩けないようにしてやるよ‼︎」
「莉子、警察に電話してくれ。……莉子?」
バッドで殴り掛かって来る奴を見ながら莉子に告げる。しかし、反応が無い。
鞄を盾にバッドを受けると、バッドを掴んで力任せに奪い取る。そして、その衝撃で転けた奴を踏み付けて制圧する。
振り返り莉子を見ると、背後にいた奴らに捕まっていた。
「大人しくしろっ‼︎ こいつがどうなってもいいのか⁉︎」
莉子は、口を押さえられ体を拘束されている。
このままじゃ、何をされるか分かったものではない。
こいつらは、それをやるゲスな連中だ。
だからこそ、引き下がるわけにはいかない。
「莉子を離せ、じゃなきゃ頭を叩き割る」
奪ったバッドで踏み付けている奴の隣を叩く。
金属音と火花が散り、状況を理解したのか踏み付けている奴が逃げようともがき始める。
「おい、動くな」
全体重を掛けてやると、そいつはまったく動けなくなる。
不良ではあるが、残念ながら力は強くない。むしろひ弱なほうだ。だからこそ、バッドも簡単に奪えた。
「早く離せ‼︎」
「だから、先に莉子を解放しろ! そしたら、お前らの指示に従ってやる。他の場所に連れて行ってもいい。どうする?」
背後から近付いて来ようとする連中に対しても、バッドを向けて忠告する。
不良グループは見合ってどうするか迷っていた。
さっさとしろと、足下の奴の肺辺りに体重を掛けて呻き声を上げさせる。すると、ようやく決めたようで莉子を解放た。
「大輔⁉︎」
「すまん莉子、先に帰っててくれ。少し用事済まして来るから」
心配してくれる莉子に、軽い感じで告げる。
大丈夫だから、安心して欲しい。これから起こることを、莉子には見られたくない。この二つを思いながら、笑って見せる。
莉子から不良グループが離れたのを見て、足下の不良を解放する。
不良は苦しかったのか、咳き込んで蹲っていた。
こいつらに聞けば、何か分かるはずだ。
莉子を襲わせるよう指示した犯人が、俺にあんな物を送り付けた奴が。




