2-12
二学期が始まった。
茹だる暑さの中登校して、エアコンの効いた教室に入る。
教室にはすでに多くの生徒が登校していて、莉子も友人と話をしているようだった。
俺は鞄を後ろの棚に入れると、自分の席に座って「あっち〜」と下敷きで扇ぐ。
すると、髪を黒に戻した汐井がやって来た。
「中川君、久しぶり」
「おう、髪元に戻したんだな」
「あんなことがあったから、直ぐに戻したよ。それにお父さんから、派手な髪色にしているからだって怒られたしね」
「そんなの関係無さそうだけどな……」
あんなことする連中が、髪色で判断するはずがない。
仮に黒髪だったとしても、襲われていた可能性は十分にある。
「まあ、大丈夫そうで良かった。何かあったら教えてくれ、出来る限り力になるからさ」
「うん……ありがとう」
それだけ言うと、汐井は莉子の元に向かって行った。
続いて二島が教室に入って来る。
会うのは花火大会以来なので、俺の前を通る時に「おはよう」と挨拶をする。
「……おはよ」
挨拶は返してくれたのだけれど、声のトーンがいつもの二島の物とは違っていた。それに、俺を見ようともせず通り過ぎて、莉子の元にも向かって行った。
何なんだ……俺なんかしたかな?
もしかして、花火大会の日に変なことを言ってしまったかと考えてみる。しかし、何か言った記憶はなく、ほとんど話を聞いていて喋っていない。
それに、もし何か言っていたら、莉子が注意するはずだ。
なら何だろうか?
元々嫌われていたとかなら納得出来るのだけれど、普通に会話をしていたのでそれはないだろう。
だとしたら、花火大会から今日までに何かあったことになる。
「……自意識過剰か?」
単に、虫のいどころが悪かっただけかもしれない。
何か不快なトラブルがあれば、誰だって不機嫌になるだろう。
二島は、たまたま今日がそうだったんだ。
だから気にする必要は無いはずだ。
いつもの明るい表情で、莉子に話し掛ける二島を見ながら、そんなことを考えていた。
始業式が終わるとクラスで連絡事項を受けて、この日の授業は終了となる。
莉子と帰ろうと話し掛けるのだけれど、用事があると断られる。
「ごめん大輔、吹奏楽部の片付けとかもしないといけないから、先に帰ってて」
「そうなのか? 俺も暇だから手伝おうか?」
「それは悪いからいいよ。楽器の手入れとかもあるし、大輔分からないでしょ?」
そう言われたら、何も言えなくなる。
いくら何でも、楽器の手入れ方法なんて知らない。
下手に触って壊したら、とんでもないことになりそうだ。
ここは、大人しくしておいた方が良さそうだ。
「分かった。何かあったら直ぐに呼んでくれ」
「はいはい、じゃあまた明日」
「ああ、また明日」
俺の扱いに慣れたのか、莉子は手を振りながら教室を出て行く。
その背中を二島が追いかけて行くのだけど、扉を閉める時少しだけ目が合った。
まるで睨み付けるような目。
敵意というより、軽蔑しているような目を俺に向けていた。
「俺、何かやったか?」
自意識過剰かと思ったが、どやら本当に嫌われているらしい。
莉子の友達なので、極力仲良くしておきたいのだけれど、どうしたものだろう。
嫌われる原因が分からないので、一度話を聞いた方がいいだろうか。
「中川君、一緒に帰らない?」
そう誘って来たのは汐井だった。
どうして? と思わず周りを見てしまう。
俺と莉子が付き合っているのは、クラスみんなが知っている。当然、汐井も知っている。そんな俺を、こんな堂々と誘うのは何かあるのだろうか?
「何かあったのか?」
「そんな構えないでよ、別に何も無いから。ただ、この前のお礼がしたいだけ。出来たら浅野さんも一緒だったら良かったんだけど、部活で忙しいみたいだからさ」
「別にお礼ならもう貰ってる。それに、当然のことをしたまでだ」
あの日の翌日、汐井の両親がやって来て、菓子折りと感謝の言葉をくれた。これは、莉子の家でも行っており、もうそれだけで俺達は十分だった。
「私が嫌なの。いいから何か奢らせてよ、ちゃんと親の許可も貰ってるからさ」
どうしたものかと頭を掻く。
ここでごねて、何かあったのかと他の人達に知られたら、汐井の立場が悪くなるかもしれない。
それなら、大人しく着いて行った方がいいだろう。
「分かった。途中にある珈琲店でもいいか?」
「いいよ、任せて!」
こうして、汐井と食事に行くことになった。
◯
珈琲店に到着すると、早速注文する。
俺は、ドミグラスバーガーとアイスオーレ。食べてみて足りなかったら、ジェリコを追加で注文するつもりだ。汐井も決めたらしく、タッチパネルで選んでいた。
やって来た料理は画像にある物よりも大きくて、逆詐欺商品として多くの客に親しまれているのも納得の商品だ。
「いただきます」と遠慮なく食べていると、汐井がある相談をして来た。
「私さ、好きな人がいるんだよね……」
「……急だな」
前は、中間テストが終わってからだったが、今回はかなり早い。
ここを奢ってもらっているのに、汐井を傷付けないといけないのかと思うと、うんざりしてしまう。
「こういうの相談出来る男子がいないからさ、中川君の意見聞きたいんだよね。浅野さんの意見も聞きたかったんだけど、そっちはまた後日になりそうだし」
「……ん?」
「どうかした? もしかして、こういう話嫌だった?」
「あっ、いや、そうじゃない。俺でよければ話を聞くよ」
前と違う。
以前はストレートに告白された。だが今回は、他に好きな人がいるという。
「その男子、結構ガードが硬いみたいでさ、受験終わるまで彼女とか作らないスタンスみたいなの」
「受験後に告白するつもりなのか?」
「そうしたいんだけど、この気持ち抱えたままいたくないんだよね。だからさ、先に告白しといて、答えは受験後っていうのは有りだと思う?」
「無しだな。そいつは受験が終わるまで、誰とも付き合わないって言っているんだろう? なら、受験が終わるまでの間に、距離を詰めておく方がいいんじゃないか」
「やっぱりそうだよね……。分かってるんだけど、私ばっかり意識して不公平じゃん。少しくらい、私を見て欲しいのよ……」
我儘な願いなのは分かってんだけどね。そう、汐井は恥ずかしそうにしていた。
俺は、汐井のことをよく知らない。
知っているのは、明るい性格で成績が良い優等生という外面だけ。何が好きで苦手なのか、物事に対してのスタンスなんかもまるで知らない。
一つ分かるのは、あんなことがあって、男が苦手になってもおかしくないのに、誰かに恋をしているということ。
トラウマになってないのは喜ばしいのだけれど、どこか危ういように感じてしまう。
その相手は、大丈夫な奴なのか?
「なあ、そいつって誰なんだ?」
「え、聞いちゃうそれ?」
「秘密にしておきたいのなら、別に言わなくてもいい」
気にはなるが、無理に聞く必要もない。
言いたくなければ、言わなくていい。と思っていたら、汐井の口から予想外の名前が出て来てしまった。
「あのさ、誰にも言わないでね」
「約束する」
「前から、北方君が好きなのよ」
これはどうするべきかと、頭を悩ませることになるとは思わなかった。




