2-7
もう直ぐ吹奏楽部のコンクールがある。
中学三年最後の大会で、金賞を取らなければそこで引退となる。
莉子も練習で忙しくて、二人で会う機会が減少していた。
それ自体は仕方ないし納得しているのだけど、つい電話を掛けてしまう。他の人からしたら、迷惑だからメッセージにしとけと思うだろうけど、どうしても莉子の声が聞きたかった。
「お疲れ、莉子は今日部活だよな?」
『コンクールも近いからね』
「俺も応援に行くから」
バスケの応援に来てくれたから、今度は俺が応援に行く番だろう。
『うん、みんな頑張ってるから、期待してて』
自信がありそうな言葉だけど、声はまるで自分に発破を掛けているように感じた。
「本選行けるといいな」
前の結末は知っているが、それが当てにならない以上、同じ結末を辿るとは限らない。だから、予選を突破出来る可能性だってゼロではないはずだ。
そう期待を込めて言った言葉だけど、莉子は得意げに言う。
『大輔、知らないの?』
「何が?」
『行けるといいなじゃなくて、みんなの力で勝ち取るんだよ』
まるで少年漫画に出て来る主人公のような台詞だ。
「かっこいいこと言うな」
『これ、北方君の言葉なんだ。この前、みんなの前で言ってたんだ』
他人の言葉だった。
北方充は吹奏楽部の部長で、生徒会役員もしている優等生だ。どうやら、心に決めた人がいるらしく、女子に告白されても全て断っているらしいと噂だ。
人を引っ張る力があり、多くの人に慕われている模範的な人物だ。
もし、北方が莉子を狙っていたら、悔しいけど俺は勝てなかっただろう。それくらいの魅力が、あいつにはある。
「……そうか、北方か」
『うん、北方君のおかげで、吹奏楽部のみんなやる気になってるんだ。だから、私も頑張ろうってなるよ』
莉子にその気はないのだろうけど、地味に嫉妬心が刺激されてしまう。
被害妄想なのは分かっているけれど、伝えておかないといけないことがある。
「……莉子」
『ん? なに?』
「俺は、莉子のことしか見てないからな」
真面目なトーンで莉子に告げると、困惑した言葉が返って来る。
『えっ、なにどうしたの? 何かあったの? おじさんに怒られたとか? 私も一緒に謝ってあげようか?』
「期待してた反応じゃないな」
『え? 何⁉︎ もっとはっきり言ってくれない⁉︎』
ああ、こいつは分かって言っているな。
ここで言えば、俺は莉子に勝てなくなるだろう。
気持ちが敗北して、一生莉子のことしか考えられなくなるかもしれない。
……それでもいいか。
「莉子、好きだぞ」
『ぶふっ⁉︎ ……ごめん、本当に言うとは思わなかった。うん、ありがとう。私も大輔のこと大好きだよ』
噴き出す音には納得行かないけれど、それでも、最後の言葉は俺にとって最高の贈り物になった。
じゃあ、また今度と言って通話を切る。
してやられた感があるけれど、満足している自分がいるのが恨めしい所だ。
そんな朝を迎えて、俺は勉強に取り掛かる。
◯
吹奏楽部のコンサート当日。
場所は北九州ソレイユホール。老朽化が懸念されて、来年から使えなく会場だ。ここに来れるのは今日が最後かもしれない。そんなことを思いながら、俺は会場に足を進めた。
俺と同じように、吹奏楽部の応援に来ている人達がおり、その中には莉子の母親の姿も見えた。
「おばさん、ご無沙汰しています」
「あら大輔君、今日は応援に来てくれてありがとう」
莉子のお母さんは微笑んでいるが、疲れているように見える。
大きな病院の看護師として働いており、患者も多いのでとても忙しいのかもしれない。
疲れていても、娘のコンサートには参加したい。
それだけ莉子は、この人に愛されている。
だからこそ、不幸な結末には向かわせたくない。
莉子が無事なら、この人も生きていてくれるはずだから。
吹奏楽部の部員が集まり、顧問の先生と部長の北方が話をしている。その内容は、「練習した成果を発揮しよう」というありきたりな物だったけれど、それが一番効果があったりする。
練習は技術を習得するのと同時に、それだけ積み上げたという自信に繋がるからだ。
努力は裏切らない。
それをまやかしだと誰かが言うけれど、努力して来た奴の自信というのは、決して侮っていい物ではない。時には、実力以上の力を発揮することだってあるのだから。
吹奏楽部の人達を見ていると、莉子と目が合った。
片手を上げて、応援に来たぞと伝えると、小さく手を振ってくれた。
それに気付いた北方が、邪魔するなと俺を睨んで来る。
空気を乱したなと素直に認めて、頭を下げて俺は一歩下がった。
ここで場を乱したら、俺以上に莉子が責められてしまう。
時間になると、俺達はコンサートホールに移動する。
部員達もやって来ており、順番が来るまで同じように他校の演奏を鑑賞する。
悲しいことに、俺にはクラシックなどの音楽の良さは分からない。
全てが素晴らしく、完成された音楽に聞こえる。そうでない物があっても、独特の味があって良いなと判断してしまう。
その程度の耳しか、俺は持ち合わせていない。
何組目かの演奏を聴き終えると、うちの吹奏楽部が立ち上がり移動する。
莉子に向かって「頑張れ」と呟くと、こちらを見て「行ってきます」と口が動いていた。
俺の中学最後の夏は終わってしまったけれど、莉子には頑張って続けて欲しい。莉子だけでなく、吹奏楽部の人達の夏が続いて欲しい。
どうか、入賞しますようにと願いながら、自校の演奏が始まるのを待った。
学校名が呼ばれて、うちの吹奏楽部の演奏が始まる。
先に言った通り、俺に吹奏楽の良さは判別出来ない。
それでも、どれだけの練習を積んで来たのか分かる、とても素晴らしい演奏だった。
訴えて来る何かがあり、心を揺さぶられる。それは俺だけでないようで、莉子のお母さんを初め、他の保護者が涙を流していた。
これが、家族や親しい人達が演奏しているからというのは分かっているけれど、俺達にとっての一番は、間違いなくこの演奏だった。
コンサートの結果は銀賞。
結果は俺の知るものと変わらなかったけれど、今日ここに来て良かったと心から思う。
目の前には、涙を流している同級生の姿がある。
その気持ちはとてもよく分かる。
前の俺もそうだった。
練習に逃げて、大事な物を見失うくらい悔しかった。
「大輔君、応援してくれてありがとう」
「いえ、俺は何していませんから」
莉子のお母さんに感謝されても、俺は聴いているだけで何もしてやれない。
今泣いている莉子を慰める資格も、俺には無い。
莉子は友人で同じ吹奏楽部の二島チサに慰められている。
二島も泣いているのだけど、友達を思って溢れる感情を我慢しているようだった。
そんな二人を見ていると、どうして金賞じゃないんだと無性に悔しくなってしまった。




