2-6
夏休みに入ると、今週末にバスケ部の引退式を行うと連絡があった。やることは後輩との試合なので、そんなに気負う必要はない。
早朝、教科書を広げて試験範囲を思い出しながら解いて行く。
莉子から教えてもらった内容に加えて、もう少し範囲を広げて勉強する。
三時間もすると、頭がパンクしそうになり気分転換にツーリングがしたくなった。
「父さん、気分転換したいからバイク貸してくれ」
「はっ? ……お前ふざけてんのか?」
眉間に皺を寄せる父さん。
何を怒っているのかと、俺も眉間に皺を寄せてしまう。
少し見合っていると、あることを思い出した。
「ああ……ごめん、何でもない」
今の俺はまだバイクの免許を持っていないんだった。そもそも十五歳の俺じゃ、免許も取りに行けない。
頭に詰め込みすぎて、失念していた。
ごめんごめんとリビングから出て行こうとすると、父さんに呼び止められる。
「大輔、気分転換したいなら体動かすか?」
「いや、別にそこまでしなくても……」
「バスケ引退して鈍ってんだろう? ちょっと待ってろ」
父さんはリビングから出て行くと、直ぐに戻って来た。その手には、グローブとミットを持っていて、何をしたいのか察した。
「外行くぞ」
「おう」
投げられたグローブを受け取り、父さんに着いて行く。
父さんは元レスリングの国体選手だ。他にもボクシングや日本拳法をかじった格闘家でもある。身長は百八十近くあって、体格もかなり良い。スキンヘッドなのもあり、見た目だけなら完全にアレな人だ。
俺の体格は、間違いなく父さん譲りだ。
「手打ちになってんぞ。腰を入れろ、踏み込みも甘い」
「こうか?」
腰を意識して右を打つ。
すると、ミットを持った手が弾かれる。
思っていたより威力が強かったのか、父さんは驚いていた。
「おお、大輔ボクシングやらないか?」
「嫌だよ」
俺がボクシングをするのならヘビー級になる。
あのクラスの人達のパンチは、普通に人が死ぬ。生半可な気持ちで踏み込んでいい世界じゃない。
やるのなら、運動目的くらいでいい。
その後もミット打ちを続ける。
父さんと交互に三十分もすると、息も上がって汗だくになり、腕も上がらなくなっていた。
プロのボクシング選手は、これを何時間も続けるのだから本当に凄いと思う。
「どうだ、頭スッキリしたか?」
「うん? ああ、だいぶスッキリした。ありがとう父さん」
「おう。そういや、莉子ちゃんと上手くいっているのか?」
どうしてここで莉子の名前が出て来るのか分からなかった。
「別に普通だけど」
「そうか……。何かあったら俺か母さん相談しろよ、俺達に出来ることは何でもやってやるから」
「え? ああ、分かった」
この時、もう少し話を聞いておけばよかった。
俺は、莉子のことを何も知らなかったのだと後悔する。
◯
夏休みというのもあり、莉子と遊びに行く約束をしている。
吹奏楽部で忙しそうだけど、こうして時間を作ってくれるのは、彼氏として嬉しい。
モノレールに乗って小倉に向かう。
夏というのもあって外で遊ぶのはかなりきつく、室内で遊べそうな所というので小倉になった。近場で遊ぼうにも、大きな店が無い。
駅を降りると、同じ建物にあるアミュプラザ小倉に入る。すると、エアコンで冷やされた空気が、身体にこもった熱を冷ましてくれる。
ふぅ〜と息を吐き出していると、隣を多くの人が通り過ぎて行く。
夏休みだからか、店内には多くの人がいる。中には俺と同じように、待ち合わせの時間まで涼んでいる人もいた。
涼みながらスマホを見ると、莉子からもう直ぐ着くとメッセージが入っていた。
今いる場所を伝えて、涼しみながらぼうっと立って待つ。
しばらくすると、誰かから声を掛けられた。
「あっ、中川君じゃん」
振り返ると、髪を金髪に染めた女子が立っていた。
「……もしかして、汐井か?」
「そう。どうこれ、似合うっしょ?」
金に染めた髪を見せて自慢するのは、同じクラスの汐井旭。
顔もかなり化粧をしていて、服装もそれに似合った派手な物になっていた。
「またはっちゃけたな」
中学の時と印象が違い過ぎて、ぱっと見分からなかった。
「いいしょ? どうせ、二学期前には染めるんだし、バレなきゃ大丈夫だって」
「それもそうが。……まあ、変なのに絡まれないように気を付けろよ」
「へー、心配してくれるんだ。何だったら、中川君が守ってくれてもいいんだよ?」
俺を見上げて来る汐井。
あざとい目をしているんだろうが、俺はそういう目が余り好きではない。
「悪い、先約がいるんだよ」
「あっ、浅野さんと待ち合わせか。ならいいや、じゃあね」
「ああ、またな」
エレベーターに乗って去って行く汐井だが、他に人がいるかと思ったら、どうやら一人行動のようだった。
それにしても意外だ。
偏差値の高い私立高校に特待生で入学するほど頭が良いから、てっきり真面目な奴だと思っていた。
普段から明るい性格ではあるけれど、髪を染めるくらいはっちゃけるのは予想外だ。
「そういえば、前は告白されたんだったか?」
前は。二学期の中頃に汐井から告白された。
その時はきっぱり断ったのだけれど、今回はどうだろうか?
バスケの試合一つ取っても、前とは違っていた。なら、これも変わっている可能性は十分にある。
もしかしたらここは、前とは違う世界なのかもしれない。
そんなことを考えていると、またしても背後から話し掛けられた。
「誰に告白されたって?」
振り返ると、そこには俺の彼女がいた。
「莉子……いや、何でもない」
「何でもないじゃなくて、誰に告白されたの?」
どうやら、逃してはくれないらしい。
「いや、そうじゃなくてだな……別に告白はされてなくて……」
何とか言い訳を考えるけれど、何も思い浮かばない。
そもそも、話せるような内容でもないし、今は告白もされていない。
「……」
莉子は無言で睨んで来る。
俺は頭を掻いて、真面目な顔をして莉子を真っ直ぐに見る。すると、「うっ」と莉子は一歩引いてしまった。
「莉子、今はまだ言えない。だが、全部終わったら必ず説明する。頼む、どうか俺を信じて待ってくれないか?」
「おっ、おう、そういうことなら……仕方ないかな……」
とりあえず待ってくれる。
全ての問題を解決した暁には、関門トンネルを使って過去に戻って来たと教えよう。
その時にはもう、あの未来は存在しないのだから。




