2-5
病院で診察してもらうと、目立った外傷はなく軽い脳震盪と診断された。もし、異常があるのなら無理せず病院に行くようにとも言われたが、吐き気や眩暈も無いので、明日の試合に参加することにした。
翌日、バスケットボールを弾ませながら、準備運動をする。
体の調子は良くて、脳震盪の影響は無い。これなら、いつも通りのプレイが出来るだろう。
対戦相手の中学には、俺よりも大きな選手はいない。
押し合いならまず負けることは無いだろう。だが、スピードに関していえば、小柄な選手の方が有利で突破されてしまう。
俺も身長を活かして得点を決めているが、歓声が上がるスーパープレイなる物は他の選手の方が多い。
一応、ダンクは出来るのだけれど、ボールを持って体勢に入ると、誰も止めようとはしない。それどころか、接触を嫌って道まで開けている。おかげで、スーパープレイというより、ただのシュートになっていた。
時間になり、お互いコート中央に並ぶ。
相手選手で背の高いのは、せいぜい百七十センチを越えたくらい。チームメイトを含めて、俺だけが異様に突出していた。
俺はセンターに立ち、ジャンプボールを制する。
試合が始まり、歓声が上がる。
これに勝てば、次は決勝だ。
みんな気持ちが昂っており、動きも良い。
この調子なら、最高のパフォーマンスを発揮するだろう。
相手はバスケ強豪校ではあるが、負ける相手ではない。
事実、前回だって勝利して、俺達は決勝に進んでいた。
相手の動きも分かっているし、主力選手の動きも前回の試合で把握している。
だから、勝って当然だと思っていた。
それなのに、負けた。
準決勝で負けてしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
油断も慢心もしたつもりはない。
俺も動けていたし、チームメイトも良い動きをしていた。
相手の動きを知っていたので、前半は圧倒して得点を量産して大差を付けていた。
それなのに、負けてしまった。
後半、相手選手の入れ替えが行わており、俺の知る流れとは違っていた。だからといって、この得点差だ。俺達の勝利は揺るぎなく、このまま終わるものだと思っていた。
選手の能力に、そこまで差は無かった。
戦術を変えて来たようだが、そこまで変わらないと思っていた。
それが大間違いだった。
俺達は後手に回ってしまい、立て続けに得点を許してしまう。
流れを完全に持って行かれて、リズムを崩した俺達は立て直せずに敗れてしまった。
「くそっ!」
仲間から悔しさが滲み出て来る。顧問も頭を抱えていて、対抗する作戦を考えられなかったことを悔いていた。
俺はというと、この結果に唖然とすることしか出来なかった。
ありえない結果を前に、動くことが出来なかった。
ただ分かるのは、中学最後の大会が終わったということだけだった。
誰も何も話さない。
顧問は次があると言って慰めようとしていたが、前半の大量リードからの逆転を許してしまい、不甲斐なさと悔しさから誰も反応出来なかった。
保護者達もまさか逆転されるとは思っておらず、驚くと共に、俺達に何と声を掛けていいのか分からない様子だった。
これで引退だ。
前の俺は、決勝で負けたのが悔しくて、高校でもバスケに打ち込もうと考えていた。だから部活は引退しても、一二年に混じって練習していた。
だが、今回は違う。
大人しくバスケから引退する。
そして、莉子を必ず守る。
莉子を見ると、心配そうな表情と目が合った。
「莉子、絶対に幸せにするからな」
「ちょっ⁉︎ いきなりなに⁉︎」
空気を読まない発言に、チームメイトからヤジが飛ぶ。
「おい負けてんのにプロポーズしてんじゃねーよ!」
「テメー見せつけんなよ! 殺すぞ大輔!」
「っざけんなよ! こっちは落ち込んでんだよ!」
「ボールぶつけろ! こいつだ! こいつが戦犯だ!」
飛んで来るボールから、莉子を守り切る。
部活で鍛えているだけあり、中々の速球ばかりだった。
莉子は無事かと見ると、思いっきり眉を顰めていた。
「空気和ませる為だからって、私を使わないでよね」
「すまん」
そういうつもりではなかったけれど、今はまだいいか。
少なくとも、夏休みに入れば時間はあるのだから。
◯
中学最後の大会が終わり、あとは七月下旬に行われる引退式くらいでしか、部活と関わることはないだろう。
後輩から、たまには遊びに来てくれと言われているけれど、申し訳ないが行く気はない。
「大輔、写真撮っとこうよ。中学バスケ部、最後の記念」
総合体育館から出ると、莉子からそう誘われた。
俺がスマホを持って、莉子が俺の隣に立つ。だけど、残念ながら莉子の顔が見切れているので、やや上からの角度で撮ることに成功する。
「そっち送っとく」
「うん、ありがとう」
改めて写真を見ると、あの時持っていた写真と同じだった。
違っているのは、前は試合に負けて仏頂面だったけれど、今回は幸せを噛み締めているような笑みを浮かべていた。
「落ち込んでるかと思ったけど、そうでもなさそうだね」
「ん? 落ち込んではいる……。ただ、もう終わってしまったからさ、次に目を向けるべきじゃないか?」
そう告げると、莉子の表情が和らぐ。
「そっか、志望校って決まってるんだっけ?」
「ああ、今決めた。俺は××高校行くよ」
「それって……」
「莉子と同じ高校。俺の成績だと、ギリギリ行けるかどうかってかんじかな。かなり勉強しないといけないけど、まあ、やるだけやってみるさ」
前は、莉子が予想してくれた問題が当たっていたから、奇跡的に合格した。でも、このバスケの試合結果のように、前とは違っている可能性もある。
油断せず、勉強に集中していた方ががいいだろう。
それも、莉子と一緒に勉強していれば捗るはずだ。
そう思っていたのだけれど、莉子の考えは違っていた。
「じゃあ、競争相手になっちゃうね」
「なんで?」
「××高校、結構倍率高いよ。二人で受けたら、どっちか落ちる可能性もあるでしょ?」
「あっ、ああ……そうだな……」
やっぱりおかしい。
その意見は当然で、ごく自然な内容なのだけれど、前とは違っていた。
前は、快く受け入れてくれて、一緒に勉強しようと誘ってくれた。それなのに今回は、まるで引き離すかのような言葉を投げ掛けて来る。
だとしたら、あの時にはもう、莉子に何かあったんだろう。
どうして俺は気付かなかったんだろう。
俺は莉子の彼氏なのに、側に居たのに、助けてやれなかった。
「ちょっ、大輔?」
気付いたら抱き締めていた。
「ごめん、今だけだから。少しだけ、許してくれ」
どうか、どうか莉子が笑顔でいれますように。
どうか、明るい未来が待っていますように。
普段は神様にお願いなんてしないのに、この時は和布刈神社の境内を思い浮かべて願っていた。




