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北九州の夏は、それなりにイベントがある。
四百年の歴史を誇る小倉祇園太鼓。
二百年以上の歴史がある戸畑祇園山笠。
福岡県の無形民俗文化財に指定されている黒崎祇園。
そして何より代表すべきは、【わっしょい百万夏まつり】だろう。
毎年百五十万人以上が集まるこのお祭りは、北九州最大の祭りと言っても過言ではない。
2025年から暑さの影響を考慮して、開催時期を九月に変更されたけど、その熱気に変わりはなかった。
まあ、それも来年の話。
今年までは八月に開催されるので、莉子と一緒に回る約束を取り付けている。
その後は、八月十三日に行われる関門海峡花火大会に行く予定だ。
ここまで行くと、結構お金を使う。
バイトしようにも許してくれないだろうし、そもそも勉強を優先しろという話だ。
それでも、莉子と一緒に行きたいから、お小遣いをくれと両親にお願いするしかない。
早速お願いすると、母さんからある注文が入った。
「大輔、お祭り行く前に莉子ちゃん連れて来なさいよ。そしたらお小遣いあげる」
「分かった」
莉子に連絡して、うちに来てもらうように頼むと、快く了承を得た。
「お邪魔します」とやって来ると、「莉子ちゃんこっち」と母さんに連れて行かれる。
一体何なんだろうかと待っていると、莉子が浴衣姿で現れた。
どうやら、母さんが昔着ていた物を着せたかったようだ。
「どうかな?」
「似合ってる、とても綺麗だ」
「うっ……ありがと……」
率直に答えると、莉子は照れくさそうにする。
母さんはこれを着せたかったんだな、と思いつつ母さんを見ると、何故か笑いながら背中を叩かれる。
「あんた、お父さんに似て来たね」
「何がだよ?」
「恥ずかしげもなく、褒めるところがだよ」
母さんには悪いけれど、俺がそうしようと思ったのは、前があるからだ。
気持ちを伝えないと、莉子が困った時に俺を頼っらないかもしれない。前は、バスケの大会で敗退した悔しさから、莉子の変化に気付いてやれなかった。
何かしら前兆はあったはずなのに、俺はまるで気付けなかった。
今回は、絶対に見逃したりはしない。
そして、莉子に頼ってもらえるように、俺は寄り添っていたい。
浴衣姿の莉子を連れて家を出る。
俺も莉子に合わせて甚平を着用している。
まだまだ蒸し暑くはあるが、夜風が通ると幾分心地良い。
モノレール乗り場に向かっていると、頭上をモノレールが通り過ぎて行った。
「ああ、行っちゃったね」
「次は二十分後だな」
「そうだね……。ねえ、モノレールってなんか芋虫みたいだよね」
莉子に言われて、モノレールを見上げてみる。
小さい頃から見ているから、特に何とも思っていなかったけれど、言われてみたら確かにと納得してしまう。
でも、俺がイメージしたのは、ちょっと違った。
「芋虫っていうか、モスラに似てないか?」
「モスラ?」
「ゴジラに出て来る怪獣なんだけど、知らないか?」
「知らない」
そう言いつつ、莉子はスマホで調べている。
直ぐに画像が出て来たのか、目を細めて俺に見せて来る。
「モスラって、これもう芋虫じゃん。なら芋虫でよくない?」
「大きさが違うだろう? それに、芋虫よりモスラの方が愛嬌がある」
「愛嬌?」
再びスマホを見る莉子。
続いて芋虫の画像を出して、見比べる。
「……どっちも変わらない。やっぱり、どっちも芋虫だって」
「フォルムも違うだろう? あの凸凹した体が魅力的じゃないか」
「え……キモい」
「……キモくないし」
まさか、そんなストレートに言われるとは思わなかった。
小さい頃は、ゴジラが好きなのもあって、モスラ含めた多くの怪獣を格好良いと思っていた。今もその思いに違いはないのだけど、それは男子だけで、女子には不評なのかもしれない。
この話題は、余り出さない方がいいのだろう。
モノレールに乗ると、小倉駅より二つ手前の旦過駅で降りる。
ここからいろいろと見ながら歩いて行き、パレードが行われている市役所方面を目指す。
当初は、二日前の花火を見に行こうと計画していたのだけど、花火は関門海峡花火大会でいいだろうとなった。
「人多いね」
「莉子、手を繋ごう」
「……うん」
逸れないように、莉子と手を繋ぐ。
道は人で埋め尽くされていて、なかなか前に進めない。この人波に飲まれたら、莉子と逸れてしまいそうで怖い。
前は、人混みを嫌っていたのと、バスケでメンタルがやられていて参加しなかった。だが今考えると、その選択は間違っていなかったのではないかと思えてしまう。それだけ、この人混みがきつい。
莉子を背にして、少しずつ進んで行く。
市役所方面に近付くに連れて、人の流れは足を止め始める。
車道側には多くの人が並んで、パレードを観覧しており、その迫力に魅入られていた。
パレードでは多くの人が踊り、山笠が戻って来る。
それをしばらく見ると、「行こうか」と声を掛けて勝山公園まで移動する。
ここは、比較的人混みが緩和されていて動きやすい。
屋台もたくさん並んでいて、「飲み物買おう」とドリンクを購入する。
「何か食べるか?」
「何でもいいよ」
「焼きそばでもいい?」
「うん。あっ、その後でいいから、かき氷が食べたいかな」
「おう」
焼きそばを購入しようとすると、莉子がお金を出して来るので、それは大丈夫だと引っ込めてもらう。
今回、母さんから結構な額のお小遣いを貰っている。これは、莉子に使えという意味だろう。もし、自分の為だけに使えば、帰ってから怒られると思う。ならば、遠慮せずに使っておいた方が無難だ。
ちょうどベンチが空いたので、そこで一つの焼きそばを二人で分けると、次はかき氷を購入する。
かき氷を削りながら食べていると、莉子が話し始めた。
「十三日に関門海峡花火大会行くじゃない。実は、お祖母ちゃん家が門司港にあるんだけど、そこで見ない?」
「俺も行っていいのか? 親父さんとおばさんは行かないのか?」
「お父さんとお母さんは仕事だから……。お祖母ちゃんに相談したら、大輔も来ていいって」
「そうか。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
莉子の両親は共働きで働いており、夜遅くにしか帰って来ない。
親父さんが運送業で、お母さんが看護師だった。どちらも給与は良いはずなのだけれど、莉子が今住んでいるのは……。
ふと思い出す。
最後に莉子の親父さんに会ったら時、俺に謝っていた。
どうして謝ったんだろうか?
親父さんは、何か引け目に思うことでもあったのだろうか?
それは俺と同じように、莉子の変化に気付かなかったからと考えるのだけれど、どうにも違う気がする。
「大輔、どうしたの?」
「あっ、いや、莉子、何か困っていることってないよな?」
「別に無いけど」
「そっか……。何かあったら直ぐに言ってくれ、俺に出来ることなら何でもするからさ」
「うん。前にも言ってたよね、それ。じゃあさ、大輔が抱えているのも教えてよ。何かあるよね、私に秘密にしていること」
気付かれていた。
咄嗟に言葉が出ずに、莉子を見てしまう。
微笑んでいる莉子は綺麗だなと場違いなことを思いつつ、どうしてバレたのかと困惑する。
「どうして……」
「そりゃ分かるよ、最近の大輔おかしいもん」
「……」
言うべきか迷う。
莉子の身に自殺を選択するほどの何かが起きると説明して、信じてくれるだろうか? 単に不安にさせてしまうだけじゃないだろうか?
そう迷っていると、莉子は前を向いた。
「まっ、待ってくれって言われたから待つけどさ、私を不安にさせないでよね」
「……悪い、終わったら全部話すから」
「うん、楽しみにしてる」
楽しみにする内容じゃないんだけどな。
そんなことを思いつつ、祭りの夜を二人で眺めていた。
◯
祭りが終わると、来た時と同じようにモノレールに乗って帰宅する。
家で浴衣から私服に着替えると、莉子を送って行く。
父さんか母さんに車で送ってもらえたら良かったのだけど、二人とも酒を飲んでいて運転出来なくなっていた。
黙ってバイクを借りたい所だけど、それは危険だと自重する。
親に怒られるより、警察沙汰になる方が怖い。成績に影響して、高校に入学出来なくなったら目も当てられない。
「一人でも大丈夫だけど」
「それが一番危ないんだ。何かあったら、取り返しが付かないんだぞ」
「心配症だね」
「そりゃ莉子の彼氏だからな」
だから仕方ない。
そんな会話をしつつ、二人で夜道を歩く。
小倉の喧騒が嘘のように、静かな道が続いている。
街灯はポツポツとあるのだけれど、灯りが届かずに暗い箇所がある。昼間なら平気な道も、夜になると不気味に感じてしまう。
何かが出て来そう。そう思うだけで、恐怖は増してしまう。
「この道ね、去年幽霊が出たって話題になってたんだ」
「へー、初めて聞いたな。どんな幽霊?」
「首の無い女の人の幽霊。血だらけで裸足で歩いてたんだって」
「怖っ、そんなのいたら走って逃げ出すわ」
「いやいや、そこは私を守ってよ。彼氏なんでしょ?」
「莉子を抱えて逃げるから大丈夫だ。幽霊と戦うより、よっぽど現実的だろう?」
「あはは、そうだね……待って」
急に止める莉子。
もしや、俺を驚かせるつもりなのかと勘繰るが、何か様子がおかしい。
「……何か聞こえない?」
そう言われて耳を澄ませると、何か呻くような声が聞こえた。それは小さな公園からで、前には不自然にバイクが止まっていた。
公園の茂みの方から、助けを求める声がする。
体が勝手に動いていた。
声がする方に走り出すと、草むらに飛び込む。
そこにいたのは三人。
男が二人と、浴衣姿の女性が一人。
その女性が、男達に組み伏せられていた。
「何やってんだ‼︎」
「やべっ⁉︎」
男が声を上げると同時に、一人の顔面に拳を叩き込む。
女性を組み伏せている男の顔面を蹴り上げて、女性から引き剥がす。
最初に殴った奴が抵抗して来るが、服を掴んで一本背負で地面に叩き付けた。
普通に考えたら危険な行為だが、こんな奴ら死んでも構わないだろう。
「警察に連絡してくれ!」
莉子に向かって告げると、逃げようとする男を捕まえて地面に組み伏せる。俺の体重がのしかかり、男は苦しそうに呻く。
俺の身体は頭をぶつけたりと何かと不便だが、こんな時は、この大きな体躯で良かったと思う。
技術はなくても、このパワーだけで大抵の奴を倒せるのだから。
暴漢二人を無力化すると、改めて女性を見る。
大丈夫ですか? そう声を掛けようと思ったのだけれど、出て来たのは別の言葉だった。
「……汐井?」
泣き顔で分かりにくいが、そこにいたのは同級生の汐井旭だった。




