2-3
荒唐無稽な話を聞いて、俺の中に希望が芽生えてしまう。
過去に戻れるはずないのに、もしかしてと考えてしまっている。
莉子は亡くなっていて、両親も後を追ってしまった。
報復したとはいえ、莉子を暴行した奴らは今もまだ生きてどこかにいる。そして、指示した奴は、今ものうのうと生きている。
許せない。
決して許してはいけない。
そして何より、莉子を助けられなかった俺が最も許せない。
「もし……もし過去に戻れたら? 莉子は救えるのか?」
もしかしたらという淡い希望を見てしまい、スマホで満月の日を調べてしまう。
次の満月まで、あと二十五日。
その時間が、とてつもなく長く感じてしまう。
変化の無い日常が、期待する日々に変わる。
空虚な日常に灯がともる。
どんなに口では言っていても、心は期待してしまっている。
これは、本当に過去に戻れるかどうかは問題じゃない。そう思わせられた時点で、俺は変化していた。
スマホに残っている写真をプリントアウトする。
満月の日に、どう行動するのか計画を立てて行く。
今のうちに調べておかないといけないことはないか?
過去に戻ったら、何をするべきか?
それらを一つずつ考えて、莉子を救う手段を考える。
そんな日々を過ごしていると、隣のクラスで変化があったようだ。
クラスの中心人物が変わった。
人を騙して揶揄うような奴らだと知られて、学校中から軽蔑の眼差しを向けられるようになったのだ。一部の生徒は、この状況に耐えられなくなり、学校に来ていないらしい。
代わりに中心に立ったのは、俺に関門トンネルのことを教えてくれた女子だった。
本人は気にもしていないようだが、美しい彼女は無条件に人を惹きつける魅力を発していた。
「中川君、どうするか決めた?」
あの日から、たまに彼女から話し掛けられる。
頷いて答えると、「そっか、頑張ってね」と言って去って行く。
他にも二、三言会話をするだけなのだが、新しく変な噂が広まってしまう。
俺が彼女と付き合っている。
馬鹿みたいな話だが、名前も覚えていないような人物と恋人関係にされてしまった。
「俺に話し掛けない方がいいぞ」
「あはは、噂なんて気にするだけ損だよ」
「そうかもしれないが……」
俺は慣れているが、お前は違うだろう?
そう伝えようとしたのだけれど、彼女はどこまでも強かった。
「私は、周りの目ばかり気にして失敗したんだ。だから、もう気にしない。するだけ無駄だって分かったからね」
「……そうか」
「うん、そうだよ」
あっけらかんとしている様子に、こいつは大物になるかもしれないと思った。
だからか、名前を知りたいと思ってしまった。
「なあ、名前教えてくれないか?」
そう言うと、彼女は驚いた顔をする。
「……知らないで、これまで話ししてたの?」
「悪い、高校入ってから誰の名前も覚えてないんだ。みんな俺を避けるからさ」
「……そっか、それなら仕方ないね。私は黒崎香織、よろしくね中川君」
「よろしく、黒崎」
握手を交わして、高校に入って初めて友人が出来た。
◯
時間が過ぎて行く。
黒崎と友人になっても、時間の流れはとても遅く感じてしまう。
バイクに乗っても、柔道を再開させて身体を疲れさせても、それは変わらなかった。
それでも、満月の日はやって来る。
「明日、黒崎に言われたことを実行するつもりだ」
「うん、彼女助けられるといいね」
「必ず助ける。もし、本当に戻れるなら、俺は命に変えてでも……」
「死んじゃダメだよ。そうなったら、次は彼女が悲しむからさ」
「……そうだな。今度は、二人で黒崎に会いに行くようにするよ。莉子は、黒崎と気が合いそうな気がするんだ」
「そっか、楽しみにしてる」
俺は黒崎を忘れない。
たとえどんなことがあったとしても、高校で出来た唯一の友人を忘れるつもりはなかった。
その日はとても晴れていた。
ツーリング日和というのもあり、親が仕事に行ったタイミングで戻ってバイクで出発した。
父さんに許可を取らずに乗っているので、帰って来たら怒られるだろうな。
それでも、今は必要なんだ。
バイクを走らせて、関門トンネルに向かう。
国道199号線を走らせ、心地いい風を感じる。このまま山口に入り角島まで行けたら、さぞ気持ちいいだろう。
海を見ながら走り、角島大橋を渡る。距離もそんなに離れていなくて、一時間半もあれば到着する。
「これが、莉子と一緒だったら、もっと楽しいんだろうな……」
一人も悪くないけれど、二人だったらその楽しさは倍増する。
早く会いたい。
焦れる思いを抑えるように、アクセルを回す。
料金所で金を払ってトンネルを走行、約六分という時間を掛けて下関市に到着する。
「関門トンネルの中央を二十時に通過。電子機器の持ち込みは不可で、歩いて渡る必要がある……どうやるんだよ……」
中央までは三分だろうか?
でも渋滞していたら、どうしたらいいんだ?
スマホ無し、時計も無しでどうやったら二十時に通過出来る?
どうにか方法はないかと考えるけれど、良い案が思い浮かばない。
黒崎はこれを、どうやってやったんだ?
歩いて渡るのなんて不可能だ。
左側に避難用通路はあっても、車両を停めておくスペースが一切無い。
もしやるなら、他の車両の通行を妨害する必要がある。
そんなことやれるのか?
「……やるんだ。莉子を救う為だ。捕まるくらい大したことじゃない!」
覚悟を決める。
巻き込んでしまう人達には申し訳ないが、数分の時間を俺に譲って欲しい。
気に入らなければ殴ってくれていい。
その後で、警察に突き出してくれても構わない。
だから、俺の我儘に付き合ってくれ。
二十時になるまでの時間、俺は門司を走り回った。
門司港レトロなんかには寄ることはあっても、他に行くことがなかったから、いろんな物が見れた。
駅近くの鉄道記念館。そこから少し行けば、関門海峡ミュージアムもある。
一人で中に入るのは勇気が必要で、俺は行けなかったけれど、次は二人で行ってみたい。
燃料も少なくなってきたので、ガソリンスタンドに寄って給油する。
給油中、ヘルメットを取っていたからか視線を感じる。
これは今に始まったことではなく、この身長もあり、注目されることがある。
高身長の人が珍しくない世の中でも、百九十センチ以上となると多少目立ってしまう。
だから気にしていなかったのだが、この時もっと注意しておくべきだった。
同じようにバイクに乗っている奴らの中に、俺に恨みを持った奴がいることに気付けなかった。
コンビニでパンとコーヒーを買って、和布刈公園で残りの時間を潰す。
門司港と関門海峡の景色を見て、内ポケットに入れた莉子が写った写真を取り出す。
それは中学三年夏、バスケの大会の時に二人で撮った写真。
「懐かしいな……」
ポツリと言葉が漏れる。
この時は、まだ莉子に変化は無かったはずだ。
暴行を受けた映像では、長袖を着用していた。少なくとも、夏ではない。
もし何かあるとしたら、二学期から。
「……行くか」
時間まであと三十分。
和布刈公園を降りて直ぐに、和布刈神社がある。そこでお参りして、関門トンネルに向かおう。
そうしたかったのだけれど、ここで一つ問題が発覚した。
「……人道?」
和布刈神社に行く途中で、関門トンネル人道なる物を発見してしまった。
バイクを停車させてスマホで調べると、関門トンネルには車両専用と歩行者専用の二つがあると発覚した。
これは、どっちだろうか?
黒崎に聞きたい所だが、連絡先までは聞いていなかった。
「どうするかな……」
一旦、和布刈神社に行きお参りする。
どうか、莉子に会わせて下さい。お願いですから、あの日に、莉子が生きているあの日に戻して下さい。
そうお参りするのだけど、黒崎が言っていたような変化は起こらなかった。
「過去に戻れるなんて、ある訳ないよな……」
元々荒唐無稽な話しだった。
そんな、SF映画のようなことが、実際に起こるはずがない。
でも、黒崎が嘘をついたとも思えない。
あいつは本当に戻れて、俺にはその資格が無かったのだろう。
「……帰ろう」
スマホには、帰宅したのか父さんから着信が入っていた。
電話をすると、勝手にバイクに乗ったことを怒っており、もの凄く怒鳴られた。ごめんごめんと適当に謝って、通話を切る。
バイクに跨り、エンジンを吹かして発進する。
何やってんだろうな……。
期待していた分、落胆が大きかった。
頭が考えるのを止めていたせいで、異変に気付かなかった。
信号で止まっていると、前方には五台のバイクが走っていた。そいつらは暴走族と呼ばれる集団で、騒音を撒き散らすダサい奴らだった。
いつもなら、そのまま走り去って行くのだけど、今回違っていた。
そいつらの標的は俺だった。
すれ違おうとすると、並列されて囲まれる。
その中に見覚えのある顔があって、つい笑いそうになった。
「中川ーっ‼︎」
五台のバイクはそれぞれ二人乗車していて、後方に座っている一人が俺の名前を叫んだ。
手には警棒が握られていて、俺を狙って来る。
そいつは、中学の頃に病院送りにした奴で、よほど強い恨みを持っているのか目が血走っている。
「……逃げるか」
速度を落として、やり過ごすとUターンして逃げる。
少し行った先に警察署があったのだけど、父さんのバイクを許可も無く使っている上、傷まで付けてしまったら殺されてしまう。
車線を変えて、再び関門トンネルを目指す。
流石に、料金を払ってまでは追っては来ないだろう。
そう思っていたのだが、甘かった。
料金所を無視して追って来たのだ。
そもそもゲートバーも無いので、侵入を防ぐことも出来ない。カメラは設置されているが、それを気にするような奴らなら、暴走族なんてやってないだろう。
車を挟んで走っているから、早々追い付かれないと思っていたのだが、この時間帯は思っていたより車両が少ない。
対向車線に飛び出して、奴らは迫って来る。
「ちっ⁉︎」
舌打ちをしても状況は変わらない。
奴らに追い付かれて、警棒の一撃を喰らってしまう。
「ぐっ⁉︎」
痛みは大したことない。だが、打たれた衝撃でバイクの操作をミスしてしまった。
バイクから放り出されて地面を転がる。
全身に衝撃と痛みが走り、呼吸をする余裕も無い。
それでも生きているのは、速度を落としていたのと、この頑丈な体のおかげだろう。それに、後続車が危険を察知して止まってくれたのもある。
そうじゃなかったら、大型トラックに轢かれて死んでいた。
軽トラくらいなら耐えられる自信はあるが、流石に大型トラックには耐えられる気がしない。
それはまあいいのだが、問題は他にある。
「……くそっ、父さんのバイクに傷が入っただろうが‼︎」
この傷は、謝って許されるレベルじゃない。
キッチリ弁償させないと、俺が父さんに殺される。
それに、着ているジャケットはボロボロになっていて、ポケットに入れていたスマホが壊れてしまっている。マジで最悪だ。
奴らはUターンして、俺を襲おうとやって来る。
先頭の車両は鉄バッドを持っており、俺を殴る体勢に入っていた。
俺はあえて前に出て、鉄バッドを持つ腕を掴む。そして、力任せに引き摺り下ろすと、バイクは衝撃でバランスを崩して転倒してしまう。運転手はバイクの下敷きになったせいか、動かなくなった。
「ちょっ待っ⁉︎」
バッドを持った奴を投げ飛ばして、顔面を踏み付けて黙らせる。
更にバッドを奪うと、俺を最初に襲ったあいつ目掛けて投擲。
残念ながら本人には当たらなかったが、バイクの車輪に巻き込まれ動きが鈍った。
そこに走っていき、ドロップキックでバイクごと蹴り倒す。
倒れた運転手は無視して、未だに警棒を持っている奴を捕まえて立たせる。
「よう、久しぶりだな」
「くっ⁉︎ 中川ぁー‼︎‼︎」
怒りに満ちた目を向けて来る。
それだけのことをした自覚はあるが、俺もお前に対する怒りは少しも萎んでない。
警棒を奪い取ると、壁に叩き付ける。
この様子を見ていた残りの奴らに目を向けると、怯んで逃げてしまった。せめて、倒れている奴くらい回収しろよと言いたくなる。
見捨てるということは、こいつらの繋がりも所詮こんな物なのだろう。
視線を戻すと、恨みが込められた目と合う。
「お前のせいで俺達は滅茶苦茶だ! あの日、テメーがボコした奴らがどうなったのか知ってるか⁉︎」
「知るか。いきなり襲って来やがって、バイクに傷が入っただろうが!」
お前らのその後なんて興味は無い。
引き篭もっていようが、どこに逃げようが、莉子を暴行した奴らがどうなろと知ったことじゃない。
可能な限り、地獄を味わって欲しい。
ただそれだけだ。
俺の気も知らないで、こいつは他の奴らがどうなったかを語りだす。
結論から言うと、こいつ以外は人前に出るのを極端に恐れるようになった。外に出ると、俺に会うのではないかと怯えているそうだ。県外に逃げた奴も、結局は北九州に戻って来て、同じようになっているという。
「……それがどうした。お前らが莉子にやったこと分かってんのか? あれが原因で自殺したんだぞ! 楽しむことも苦しむことも出来ないんだよ!」
頭の中にあの映像が流れる。
腕に力が入りこいつを押し潰しそうになる。
どうしようもないほどの怒りが湧いて、こいつらを殺したくなる。
「言え! お前らにやらせたのは誰だ! 莉子にあんなっ⁉︎」
衝撃と共に、腰に熱が宿る。
振り返ると、そこには倒れていたはずの奴が俺に寄り掛かっていた。
「なんだ……?」
金髪の頭が、そっと離れて行く。
そいつは、顔を酷く歪めて俺を見ている。
こいつらの中に知り合いなんて居ないのだけど、その顔をどこかで見たような気がした。
「くそっ……」
腰に見慣れない突起物がある。
熱の正体はこれで、ナイフで深く刺されていた。
「はっ、ははっ! ざまあねっ⁉︎」
笑う奴を殴り倒して黙らせるが、その衝撃で激しい痛みが走る。
肺から血が迫り上がって来て、口から漏れる。
「これ、まずいな……」
視界が歪む。
暗いはずなのに、辺りが青白く見える。
あの世が近くなっているのかと思うと、恐ろしくて堪らない。
俺を刺した奴がまだいるはずだが、その姿が見えない。恐ろしくなって逃げたのだろうか?
「まあ、いいや。とにかく、病院に……」
バイクに乗って行こうと視線を巡らせると、懐かしい人物が立っていた。
「……莉子?」
記憶にある懐かしい姿。
会いたくて会いたくて堪らなかった大切な人が、そこにいた。
気付けば、フラフラと歩いて行っていた。
もう一度、その声が聞きたい。
もう一度、君に触れて温もりを感じたい。
もう一度、莉子と同じ時間を生きたい。
その思いだけで、俺はここに来た。
ああそうか、黒崎が言ってたのって、こういうことなのかな……。
そんなことを思いながら、俺は意識を失った。




