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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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 ひんやりとした空気が流れる。


 前後に長く、左右に狭い空間。

 ここはどこだと横を見てみると、『下関』『門司』と表示されていて、関門トンネルの人道だと分かる。


「……戻って来た?」


 壁際には私のスマホが置かれていて、時間を見ると二十時一分と表示されていた。


 私は呆然と立ち尽くす。

 しばらくぼんやりとして視線を彷徨わせると、自分の着ている服に目が行く。着ている服が、お母さんのお下がりから、ここに来た時の物に変わっていた。


「……今のって、夢?」


 そんなはずない。

 あの感触が、あの温もりが、あの匂いが、あの感情が夢なはずない!


 そう否定したいのに、私がここにいるという現実が邪魔をする。


 私は、夢を見ていたの?


 立ち眩みがして、壁に寄り掛かる。

 通り過ぎる人が横目で見て来るけれど、体に力が入らなくて私は動けなかった。


「……夢じゃなくても、結果は変わらなかったじゃない」


 あの事故で、お母さんは亡くなった。

 たとえ過去に戻っていたとしても、私はお母さんを助けられなかった。


「私、何してんだろう……」


 スマホが鳴る。だけど取る気にならなくて無視する。

 

 鳴り止んでからスマホを取って、誰からの着信か確認する。

 そこには、北方さんに中川君の名前が並び、一番新しい物はお父さんからだった。


 もしかして、家に居なくて心配かけてしまっているのだろうか……。


 電話をかけ直そうか迷っていると、またお父さんから電話が掛かって来た。


「……もしもし」


 迷った末に電話を取ると、お父さんは酷く焦っている様子だった。


『香織か⁉︎ 今どこにいる⁉︎』


「今……門司港レトロにいるよ」


 嘘を付いた。

 この時間に、関門トンネルに行く理由が思い浮かばなかった。


『門司港レトロ? まあいい、早く××病院に来い! 沙織が! お母さんが目を覚ましたぞ⁉︎』


「……え?」


 言葉の意味が、直ぐに理解出来なかった。


「お母さん?」


『そうだ! お母さんが目を覚ましたんだよ‼︎ タクシー使っていいから、早く来い!』


 通話が切られる。

 お父さんが切ったのではなくて、圏外になって切れてしまっていた。


 スマホを見つめて、少し考える。

 考えて、現実味の無い言葉を呟く。


「お母さんが、生きてる……?」


 荷物を拾うと、私は走り出していた。


 何も考えられなかった。

 お母さんが生きている。その言葉だけが、頭の中を反芻して他に考えられなくなっていた。


 外に出ると、辺りを見回す。


「はあ、はあ、はあ、タクシー、タクシー、無い、無い⁉︎」


 観光地なのに、時間帯が悪くてタクシーが見当たらない。そもそも、人道までやって来る車両自体が珍しい。


 走って門司港レトロまで行こう。

 そう決心すると、和布刈神社が見えた。


「お礼は後日します! ありがとうございました!」


 道を挟んだ向こう側に頭を下げて、再び走り出す。


 息が切れる。

 心臓が破裂しそうなくらい苦しい。

 足が重くて、億劫になる。

 貧弱な自分の体が恨めしくて仕方ない。


 それでも、必死に走り続ける。


 お母さんがいる。お母さんに会える!


「はあ! はあ! ××病院までお願いします!」


 やっと見つけたタクシーに飛び乗って、行き先を告げる。


 走り出したタクシーの中で、思わず泣きそうになる。

 まだ早いとぐっと堪えて、気を紛らわせるように景色を見る。


 暗闇の海の先に、下関の灯りが見える。

 お祖父ちゃんやお祖母ちゃんにも連絡が行っていらのだろうか? もしかしたら、もう来ているかもしれない。


 今は、二人にも会いたくて仕方なかった。


 元気な二人が見たいと思ってしまった。


 スマホを取り出すと、お父さんからメッセージが入っていて、内容は病室が移っているという内容だった。

 新しい病室の号室が書かれていて、着いたら連絡してくれとあった。


 私には、前の病室の記憶が無い。

 とても不思議な体験だけど、過去に戻ったのに比べたら、些細なことだと思えてしまう。


 とにかく、それを考えるのは後にしよう。


 何せ、病院に着いたのだから。


 お父さんに連絡を入れて、エレベーターに乗り込む。


 病室の前にはお父さんが待っていて、こっちだと手招きする。

 お父さんは深刻そうな顔をしていて、何か良くないことが起こったのではないかと不安になる。


「香織、よく聞きなさい。お母さんな、起きたけど意識がはっきりとしないみたいなんだ。お父さんのこと、分かっていないみたいなんだ。多分、香織のことも……」


 傷付かないように、先に教えてくれたのだろう。

 それでも、私はお母さんに早く会いたかった。


 逸る気持ちを抑えて中に入ると、ベッドに横になるお母さんがいた。

 やつれていて、あの時の溌剌さは無いけれど、間違いなくお母さんだった。


 でも、目が虚に見える。


「……お母さん?」


 私が呼び掛けると、ゆっくりとした動作で動く。

 目が合うと、頬が動いて笑みを浮かべた。


 そして、掠れた声で呟いた。


「ごめん、カナ、帰れないみたい、香織の面倒、よろしくね」


 お母さんは今、私を見てカナと呼んだ。

 それだけで分かる。

 私は、確かに過去にいたんだ。

 十二年前のあの日に、私はいたんだ。


 お母さんの顔が滲む。

 顔が見えないと、溢れて来る涙を拭い去る。


「お母さん、あのね、私カナじゃなくなったんだよ。もう、香織なんだよ……」


「……香織? ……香織⁉︎」


 お母さんの目に光が戻り、驚いて動こうとする。


 でも、体が衰えているから、起き上がることが出来ない。


 お母さんが病人なのは分かってる。


 でも、我慢出来なかった。


 私はお母さんに抱き付いてしまった。

 抱き付いて、子供のように泣いてしまった。


「お母さん! お母さん!」


 生きてくれて良かった!

 また会えて良かった!

 死んじゃうかと思って心配したんだよ!


 いろいろ言いたいことはあったけど、私はお母さんを呼び続けることしか出来なかった。

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