貴公子アムレート 2
騎馬民族が陣形を五段に構えたのを見て、アムレートは感心した。
こちらが突撃陣を敷いたのに呼応するかのように、すぐに二万もの騎馬が五段の陣形を組んだのだ。
敵の総指揮官が何段目に居るかは不明だが、此方の突撃陣形に平たく組んだ陣形を一段ずつぶつけ、突破されたら次の陣が当たる。
突破された陣形は再編して五段目の後ろに付くことも出来るが、次の陣と当たったのを確認してから此方の背後や横を襲うことも出来る。
『辺境の騎馬民族と聞きましたが、戦術を知らない訳では無さそうですね。』
アムレートの騎馬将校オズワルドも感心したように言った。
アムレート直属の将校の中では最も長く戦場に居る。
おそらく、オズワルド一人でもこの騎馬隊五千は動かせるだろう。
アムレートよりかなり年長であるが、アムレートの力量を誰よりも認め、出過ぎること無く、それでいてやることはやる。
『お前ならどうする?』
『俺なら矢じりの陣形を三つにして、横に並べて突撃しますね。』
悪くない手だが、それをやりたいとは思わなかった。
敵の一陣一陣が薄いことから、1回毎の突撃で陣を確実に葬りたいのだろう。
『まぁ、若がそれをやるとは思えませんがね。』
年長で、よく人を見ているという点においてはオズワルドには叶わない、そんな風に思い、アムレートは少し笑った。
『では、私ならどうすると思う?』
『あくまで今回は正面突破でしょうね。』
『正解だ。戦術でやり合いたいのは山々だが、今日はあくまでも正面突破だ。』
『試したいのでしょう?』
『そうだ。私もオズワルドには敵わないが、あの程度の連中相手に細いことをちまちまやるのは悔しいのでな。』
オズワルドが笑いながら、自分の指揮する部隊に戻って行った。
アムレートが銀色の兜を被った。
他の兵士や指揮官の武装が鉄色なのに対して、アムレートのそれは美しい銀色である。
総指揮官が目立つ甲冑を着けることに反対する者も居るが、アムレートはそういう意見にも聞く耳を持たない。
まだ二十歳であるが、大小併せて三十を超える戦場に居て、自分を倒せる歩度の者に遭ったことは無い。
むしろ、居るなら自分の前に早く現れて欲しいのだ。
アムレートが陣頭で大きな槍を構えた。
合図もときの声もこの軍勢には必要無い。
アムレートが先頭で駆け始めた時が、皆が駆ける時なのだ。
重々しい見た目の重装騎馬隊が槍を一斉に構えた。
馬に乗るには明らかに不自由である。
全ての兵士はおろか、馬まで鎧を着け、馬の頭部も守る防具も着けてある。
落馬したら甲冑が重すぎて立ち上がれないだろう。
直進の突撃には向いているだろうが、突き抜けた後の反転には不向きだ。
斬り合いには強くても、軽くいなせば幾らでも弱いところを突くことはできる。
よし、適当に突破させてやろう。
此方は相手次第で幾らでも好きに動ける。
突撃をかけてくる帝国軍の重装騎馬隊を見て、騎馬民族の首領達は内心せせら笑った。
その余裕が少しずつ、必然的に中央を薄くさせていた。
彼我の距離が残り二百メートルを切ったあたりで、敵の矢じりのような陣形が、横への広がりを見せた。
広がる速度があまりにも早い。
遂には、陣の横幅が並んだ。
鼻先に敵が来て初めてわかったのは、帝国軍の馬が自分達の馬よりも一回り大きいことだった。
騎馬民族の第一陣は、中央を突破させてやるどころか、瞬く間に押し潰された。
状況が把握出来ないまま、第二陣も薙ぎ倒された。
第三陣が騎射による攻撃で勢いを殺そうとしたが、厚い甲冑と盾で一射目を防がれると、二射目を放つ余裕が無いのを悟り、全力で退却した。
第四陣は既に二手に分かれて帝国軍を左右両端から突く体制を整え、第五陣はやや距離を取った。
第四陣の挟撃で敵の足が止まったところを、今度は此方が正面から打ち崩す。
思わぬ苦戦の中でも、騎馬民族の変化の早さは一流であった。
第四陣の開けた道に、敵が現れない。
敵が停止したのかと思った時、第四陣の右側が破壊された。
右側だけを襲って、またもや潰した。
そのまま、鋭角な槍のような陣形で帝国軍は第五陣の中心部に突っ込んできた。
嵐のような数十秒が過ぎ去った時、騎馬民族は自分達の最も偉大な首領が、本陣と共に消失していることに愕然とした。




