貴公子アムレート 3
策も戦術も無く敵を破壊した。
三十分程度の出来事だが、圧倒的な勝利だった。
まともに残っていた敵の第三陣が、第四陣の半数と生き残った者達を集めて撤退していった。
『若、追撃はどうなさいます?』
『無用だ。馬にこれ以上負担をかけたくない。』
『ですな。それにしても、この馬の力は桁違いで驚きました。』
『実に良い、がやはり機動力がいまひとつ足りなかった。』
『並みの騎馬よりは動けてる筈ですが。』
『敵の第三陣を逃した。』
もっと速ければ、敵の第三陣も破壊出来たかもしれない。
『相変わらず若は手厳しい。しかし、あれは敵の第三陣の動きが見事でしたな。』
『それは認めるが、今回は敵に恵まれ過ぎている。そもそも、二万もの騎兵がいて小手先の戦術に頼るから、こういう結果になる。私が敵将なら、もっと数で押す戦いをする。』
『若が敵将で無くて助かりました。』
アムレートとオズワルドの懸念は、それぞれ別の所にあることをオズワルドはよく理解していた。
オズワルドは、敵の第三陣を率いていた者が再び戦場に出て来た時、それが厄介な存在になるかもしれないと思っている。
アムレートは、自分が鍛えあげた騎馬隊の完成度に完璧を求めている。
五千の騎馬で、二万の騎馬をほぼ壊滅させていることなど、アムレートの脳裏からは既に消えていた。
このあたりが、天才故の欠点なのかもしれない。
『快勝したとはいえ、敵の退却した連中が補給を狙うと厄介です。本隊に伝令を飛ばしたく思いますが。』
『そうだった。それはオズワルドに任せる。』
オズワルドが兜を外し、髭面を満面の笑みにしながら言った。
『これだけ圧倒的に勝ってしまうと、連合軍は野戦に打って出てこなくなるかもしれませんよ。』
『何故だ?』
『若が強すぎることが、これでわかってしまったからですよ。』
アムレートが明らかに落ち込んだ。
戦が出来ないことが、何よりこの青年には苦痛である。
戦だとしても、攻城戦や都市に攻め入るのは戦では無いとアムレートは思っている。
軍勢と軍勢がぶつかることこそが戦で、それに勝つことこそが最大の悦びなのだ。
『帰って女でも抱いてください。悩んだって仕方ないですから。』
『そうしよう。うん、それくらいしかやることも無いか。』
『ところで、若。このまちに来てから何人抱いたんです?』
『さぁな。百までは覚えているんだが。』
アムレートがこの街に来てから、まだ一ヶ月しか経っていなかった。
戦場から全力で撤退し、敵の追撃が無いことを確認して野営させた。
騎馬民族と一言で言っても、多数の部族が集まって二万の軍勢だった。
有力な三つの部族の首領が三人とも戦死していた。
第四陣の左翼を率いていたボルスは、最も有力な部族の王子だった。
野営を張った夜、同士討ちが始まった。
他の部族が、ボルスの首を狙ったのだ。
ボルスは供回りの数人と陣を脱出して逃走をはかったが、ボルスの首を狙う追撃隊五百に追いつかれる直前だった。
ボルスの父は草原の偉大な支配者だったが、それが居なくなったいま、誰もが草原の支配者を目指すのが、草原で生きていた者の宿命であった。
追撃隊五百が、突然砕け散るような格好になった。
何者かが背後から、追撃隊を急襲した。
やがて、追撃隊が沈黙すると三騎だけでボルスに向かって来る影があった。
先頭の者が下馬すると、他の二人も下馬をしてからボルスの近くに跪いた。
『ボルス王子。危機は去りました。これより先は我々が王子の身を守ります故、どうぞご安心ください。』
『危ないところを救ってもらって感謝する。貴方達の名を伺いたい。見たところ我々グラム族の者では無いようだが。』
『申し遅れました。私はデベ族の首領ウベキと申します。後ろの二人は息子のリンケとジョエキと申します。』
『デベ族のウベキ、リンケ、ジョエキと言ったか?』
『はい、そう申し上げました。』
ボルス王子が驚いたのには理由がある。
この三人のうち父親であるウベキは、かつてボルスの父と死闘を繰り広げた元敵将だった。
そして、リンケとジョエキの二人こそが、アムレートの突撃を躱して第三陣を救った将だった。
デベ族がボルス王子擁立に動いたことで、この日以降は大きな争い無く騎馬民族は纏まりを見せた。




