(閑話休題)まず2本の足で立てることが大事
今は一応、杖をつけばゆっくりなら移動できるくらいの状況ですが、気を抜いたり、ケガをしたりしたら、体重の事もあり、どうなるかはわかりません。そのために今、地元のまた別のリハビリ施設に通ってはいます。週1なのは、それ以上はきついからですが。割とハードには取り組んでいます。でもその位はしないと動くものも動きません。
しばらくは、毎日午前中は朝起きたら入院病棟からリハビリ会場まで往復する日々が始まりました。最初の内は「何故こんな簡単なことを」と言うような作業を繰り返す日々が続いたのですが、後になって考えればこのあたりでリハビリを継続するための下地を根気よく作っていただいていたのだと思います。ここで飽きたり諦めたりして動かなくなっていては、患者も療法士さんも持ちませんや。精神的にも肉体的にも。今になって、リハビリ専門施設に通うようになってから、同じ様な症状の人たちと話しをするたびに、それは強く思います。あの頃、患者同士のブリーフィングの機会もあっても良かったのかなとも思いますが、患者さんによってそれが及ぼす影響も心構えも様々。それを考えれば、人間関係の上ではやはり他人の体調も思いやれる事、それでも疵のなめあいにはならないように、ある程度真剣に会話できるようになることが大事であることは、入院病棟で看護師さんにも、思えばそれとなく注意されていましたっけ。私なんぞ、入院患者の中ではまだ若手も若手。その後入院してきたご老人お二人と仲が良くなりましたが、お1人が凄い前向きな方で、その前向きさを分けていただき、尚更自分の症状に向き合える気力を保てたものです。若い?んだから、後ろ向きでは先達に失礼です。でもそれも人様々。その前向きさが鼻につく方もまたいらっしゃいます。私自身も入院当初は目が良く開けられなかったことを幸いと?見えない事をいいことに前向きに何かやろうとしていませんでしたから。余計なことはしたんですけどね。マイナスにしかならなかったと反省することしきり。逆境にあってこそ対応が求められるものです。そこが人間性だよなあ。あのままではただのクマだ。触るものすべてに噛みつきまくる。そこまでひどくないかどうかは、決めるのは自分ではありません。看護してくれる皆さんです。気づかいは難しかったり面倒くさかったりしますが、機会を捉えて慣れておくのが良いでしょう。他人の事も自分の事も良く見直す機会を自分自身に与えましょう。たぶん無駄にはなりません。そのためには自分自身も妙なストレスを抱え込まないのが大事ですが。・・・まあ、そんな事は、一般人なら日常の生活で培っている事なのでしょうけど、私のような熊もどきはよく判っていなかったので時間を掛けて諭してくれたリハビリの皆さんには感謝しかないわけです。そもそも、超重量級の患者でしたからね。毎朝迎えに来てくれる方には、「倒れたら放っておいてくれ、危ないから」というのがお決まりの会話になっていました。でも、倒れては恥ずかしいので可能な限り無理はしましたけどね。車いす生活を何週間か続けると、その内、じゃあ立ってみようという事になりまして、この時自分が結構負けず嫌いである事が理解出来ました。その辺をそれまでのリハビリ状況からくみ取ってくださって、上手いこと言葉で乗せられた気がします。その時かける言葉も療法士さんの腕の見せ所ですね。よく患者を診てくださっています。こう言ったら怒り出したりやる気をなくしたりするだろうなと言う所をみて言葉をかけてくれたのでしょう。素直に人の言葉を捉えられない人間でしたから。手間かけたな、と今ではよくよく思います。そんな時間を経て入院後1カ月ほどで、朝のリハビリ会場行きを肩を借りながらの徒歩にて行えるようになりました。で、一度立ててみるともしかして歩けるようになるのではとも思えるものです。そうすればしめたもの。勿論まだ、歩けているとまでは胸を張って言える状態ではない(胸を張る事でもないですが)のですが、少なくとも今、掘りごたつに座ってキーボードぐらいは打てるようにはなっています。まずはやってみる事です。怪我だけはしないように。
私の場合、20歳の頃、運動はしていないものの割とハードな筋トレをしてましたから、体幹だけはそれなりに強かったと思います。まあ、こんな病気になっている以上今更な事ですが。うん、上半身の筋トレ、特に腹筋は大事だと思います。一時期歌も歌えなくなってましたからね。でもまあ、麻痺したのが左半身だったことがまだマシだったのでしょう。鍛えておけば、リハビリも楽にはなりますよ。発症しない事の方が大事ですが。




