入院慣れするという事
運ばれた病院を去るという事も、今にして思えば寂しいものでしたが、状況その他の関係でそうも言ってられないものです。お金も無いし。移ると決まったらそれに向けて気持ちも切り替えましょう。身体が動かないんですから、無理は禁物です。
2018年の5月初頭、別の町にある救急病院から、地元の総合病院の入院病棟に、近所の方の運転する介護タクシーに、車いすごと乗り込んで、母親に付き添われながら転院した私でした。当日は晴れで、当該病院は亡くなった祖母が入院していたこともあり割と通いなれていた場所ではあります。まさかここに患者として入院することになろうとは、思いもしなかったのですが、ともかくも一命はとりとめたとは言うものの、2週間ぐらいの全病院での入院生活で、自分の身体が動かない事は身に染みていたので、さてリハビリなんてできるんだろうか、というのが本音ではありました。以前倒れた時は運ばれた先が仙台市の大病院で、体に障害が残ることも無かったというある意味幸運だったので、大変だったのは、その後の経過観察のための通院であり、地元からは電車で1時間ほどの道のりを電車に揺られていくのが基本となっていたものです。混む区間であったのでいつも席の確保が・・・大変ではなかったです。地元が始発になることが多い駅沿いだったので、少なくとも行きは発車に間に合えば席には座れたのです。ただ、朝早くの列車に乗ると、通勤通学の人々のマナーの悪さ?が身に染みましたが。ともかく早く座れれば勝ちぐらいの勢いで、優先席を占拠する若い人のなんと多い事か。私のように(当時)なんちゃって脳出血のものが何とも言えるものではありませんが、席に座ると耳にイヤフォン、音楽聞いてますから聞こえません、目をつぶっているから周りが見えません、周りから何も言われたくありませんというオーラの何と凄い事。どう見ても歩くのが大変そうなご老人が乗ってきても、ほぼ誰一人、席を譲るという事が無かったものです。見てなければそれでいいといった感じでしたよ東北本線。手前味噌ながら見て見ぬ振りも出来ず、何度かは精をお譲りしたものです。ただ、そういったご老人は、基本的に席を譲られることに慣れていないことが多かったですね。周りの状況がそうしたのかご本人の矜持の問題か。私自身も一度、余計なことしないで、と言われたことがあります。まあ、判らないでもなかったですが。自分が他人と同じように出来ない事って、恥ずかしいと思うこともあるのですよ。他人にそうみられることもそうだし、自分がそうできない事も自分の気持ちの負担になる。そんな事をつらつら考えながら、自分ならどうか、とか、イヤフォンなんかしてたら誰も常識持ってるなんて思われないよな、と考えながら。ましてや優先席に大股広げて乗っている輩はどうなんだと思いながらも、どうしても周りの目が気になって注意も出来ないと言う小心者でありました。なんせ見た目がどこの筋もんだという感じなので、私の周りには人が乗らない事があるぐらい。だったら公共交通機関に乗るもんでもないのですが、東北地方は車が無いと色々面倒です。そんなわけで席を譲る際の話し方は工夫したものです。まずは「すみません」からはじめて、なるべく不審者に見られないように話し口調にも気をつけて、なるべく穏やかそうな感じになるように気をつけて、話しかけたものです。普通の見た目ならもう少しやり易かったんですけどね。外見だけはどうしようもない。せめても他人を脅かさないくらいの話し口調は鍛えたつもりでした、が、一度譲ろうとして席を空けた途端にそこに若いのに座り込まれて、そのまま目をつぶられたことがあって、さすがにあきれ返ったことがあります。そんなこともあって、混んでる電車で座れない時は無理しても立っていることが多かったですね。おかげでか、立ってることは苦でもなかったのですが、では地元への転院当時の私は、さて新しい病院でどうしたのでしょう。実は転院当日からやらかしていました。介護タクシーを降ろしてもらって、車いすに乗せられて転院先の病棟に運ばれたのは良いのですが、病棟付きの看護師さんに囲まれた途端に、何を思ったのか乗せられていた車いすから降りようとして体がずり下がり、落ちかけたのでした。当然大騒ぎですよ。病室は個室をあてがわれて厳重監視状態。まあ、当然ですね。その夜の食事もベッド上だった気がする。怒られましたね。怪我とかは無かったんだけど、自分の身体が要は介護対象なんだという事がまだ理解できていなかったのですから。当初は一部、陰口めいた事も言われたものです。「この患者は、前の病院で・・・。」みたいなことを耳にしました。まあ、憶えがありすぎでしたし、眠っているときですから、起きている方も悪い。まあ新しいベッドですぐに眠れるものでもないんですが、こんな時はバツも悪いしさっさと眠ることが肝要ですよ。とりあえずは看護してくれる方との感情的軋轢は回避いたしましょう。何カ月もお世話になるんですから。やらかした後、それは重々感じました。確かに病院では、看護するのがお仕事ですが、看護される方がそれに甘えすぎるのはいけません。少なくともその位の事は肝に銘じて入院生活を送りましょう。治るものも治らなくなりますよ。まあ、人によりますけど。
さて、まだ(この時点では)リハビリは始まってませんが、リハビリ入院だからと言って何事も自分のためにカスタマイズされている訳ではありません。人間関係も築けるようにならないと。まあ、我を通しすぎないことが大事でしょうか。何事も寛容の心を忘れずに。・・・私ごときに言える事ではないけれど。でもこの頃は、動けるようにはなりたかったけれど、とても動けるようになるとは思えませんでしたね。その後のリハビリ療法士さんの奮闘については次回から。




