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入院生活は暇すぎる

入院生活を送るにしても、コミュニケーション能力は高いに越したことはありません。自信が無い方、もしくは自信がありすぎる方はご注意ください。普段の生活は、にじみ出ますよ。人のうわさになりたくなければ、自分の振りは自分で直せるぐらいにしておくのをお勧めします。何事も面倒くさがらない事、でしょうかね。気にしすぎるのもあれですが。

 救急車で運ばれて、三日目ぐらいに家族(母と弟)は来てくれて、今いるここがどういう所かと家の方では何があったのかを知りました。今回は倒れたのが出先であったので、自宅付近では大きな混乱は無かったものの、それ以降の野菜の出荷は停止、着替え等はとりあえず後ほど、というくらいの事が伝えられました。「家の事は気にしなくていい。」とは言われたものの、ともかくまだ自分も混乱していましたから、落ち着いて話は出来ないし、そもそもが目がしっかり開けられないときている。しばらく入院してどのくらい体の機能が戻るかがこの後のカギであるみたいなことを看護師さんに言われて、心配をかけただけの家族の面会は終わり、とりあえず毎日の面会は必要ない旨だけは伝えて、その日は病院も忙し気であることもあり、続けての入院生活の戻りました。そもそもが送ってきてくれた弟は余計な気は回しても、こういう時に役に立つタイプではなかったし、母はもう高齢。腎臓に持病もあり、毎月地元の病院に通院していたこともあって、早めの帰るよう促したという面もありました。その後、リハビリのため転院することになるのですが、その時の手続き他も母がしてくれたので、大変な迷惑をかけたものだと、いまだに頭が下がります。その母は、事前のお医者さんの見立て通り腎不全のようになって、眠るように亡くなってしまいましたが、私が倒れたがために寿命を縮めてしまったかもと思うと、申し訳なくて仕方ありません。ともかくも、そんな風にして生かされた私。どうせ生きてしまったなら、可能な限り療養して良くなって親孝行でもしようと思ったのが、その後のリハビリ生活のやる気の原動力になりました。どんなことでも思い込んだら何とかはなるものです。でもこの時点では、体は動かないわまだ体重(めかた)は重いわ、看護師さんたちのおぼえはめでたくないわ、でも入院食は美味しかったんですよね。それまで母の分も含め自分で作ってましたので、いやあ入院中はやることが無い事ない事。暇だけはいくらでもあるわ、何かしたくても何もできないわ、倒れていた時に持っていた財布も例えば病院内すら動けないので、一応店はあったのだけれど、車いすですら移動が出来ないし、金銭勘定も自信がなくなっていたし、そういえば他の入院患者に会った記憶が無かったり。まあ救急病院だし、そうそう運ばれてくる患者もいない(わけでもないのは、その後別の病院に移った時に知った事。おそらく、入院当初の行動で危険人物と思われていたのだろう。別病院に移ってのリハビリ入院を退院した後、お礼を言いに行ったとき、かなり嫌な顔をされてしまったのはたぶんそのせいだったろう。)だろうし、朝昼晩の食事の際はナースセンターで介助を受けながら食事をとるため、周りに誰がいるのか分からなかったし、眠る部屋についてもなかなか目が開けられなかったので、結局ほとんど中の様子が窺い知れないという体たらくでありました。憶えているのは、太りすぎで採血の際かなり迷惑をかけたこと。血管が見えなくて、右腕、左腕、足の血管はどう、という感じで毎回あちこち注射器を刺されました。普段から気をつけましょう、体重に。それから、CT検査とかMRIとかいろいろ検査していただきましたが、特にMRIについては半身まひのため踏ん張れない事この上ない。必死に蠢く機械にしがみついていました。でも結局、お医者さんに会えたのって、この検査の一環の視力検査の時、眼科の先生に会えただけだった気がする。私が意識のなかった時に家族が会っていたのかもしれませんが、その頃の事はとうとう聞けませんでした。何か知らないのも恥ずかしい気がして。会ったけど覚えていない可能性もあるし。最初の自分の行動に思う所もあったわけで、いまだにその病院には感謝こそすれ、おいそれと行けないという苦手意識を持ってしまったのでした。まあ、自業自得なんですけどね。まあ、一度だけの再訪の際に手土産は何とかお渡しできたのでよしとしましょう。本当はそういう余計な気づかいはご迷惑みたいなんですが、まあ、気持ちってとこで。結局救急病院にいたのが2週間だったか3週間だったかはよく覚えていないのでした。その後来ていただいた我が地区担当のケアマネージャーさんにお話を聞いて、そのまま退院するのではなく、家の近くの病院のリハビリ病棟に移る事になって、それが確か5月の初旬。そこから4カ月間のリハビリが受けられる、という事で身体がろくに動かないまま転院することになったとさ。そこからのリハビリ、というか減食生活についてはまた次回。

薄い記憶を絞り出してもこんなものです。後ほど何か思いだせたら、書き足しますが、この後のリハビリ生活がまた。結構きつかったですが、リハビリの先生たちには本当、感謝する事ばかりです。甘やかされるばかりでは、立てるようになりませんよ。不完全とは言え、一応今、立って歩けてますし。その辺からを次回から。本当に、自分の心がけ次第です。歩けるかどうかは。

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