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退院したのは良いけれど

さあ、退院だ。でも何が変わるって、自分でやらなければならない事が増える=甘えてばかりいられない、という事なんですけどね。出来ることは(出来る範囲で、無理せずに)自主的に行おうという事です。この世界?自分でやろうと思わなければ何にも変わりません。出来なくとも出来る(ようになりたい)と思う事ができる一歩目になります。もっとも、無理をすればどうなるのかも自明の理なんですけどね。

 さて、そんなわけで8月末日にリハビリ入院していた病院を退院したわけなのですが、ある意味手の施しようがもう無いので追い出されたとも言える。まあ、自分の足で移動できていたのだから、感謝こそあれ文句を言える筋合いはない。その頃はまだ、9月に入れば今ほどは暑くなかった(今年の東北は恐らく例外になるのでしょう。6月までは冷害っぽかったし。)ので、今年は暑かったなあと思えるくらいではありました。それでも今までの9月と比べれば十分以上に暑い日ではありまして、たまに見舞いに来てくれた母親の疲れた表情からも、その片鱗は垣間見えていました。退院にはその母親と、入院中何度か訪問してくれたケアマネージャーさんが来てくれて、色々と手続等をしてくれました。家に帰ったら真新しい介護用ベッドとか玄関先の手すりとかが据え付けられていて、面食らったものです。某有名介護用品レンタルの大手企業と契約してくださったとの事で、他に躓き防止用の段差解消用のスロープも、各部屋の出入り口にしつけられていて、ついでに車いす生活を想定して、地元の福祉事務所から無料の車いすまでレンタルされていました。車いすもデブ用、と言う訳でもありませんが、想定より体重が落ちていたので楽々乗り込めるようになっていて、時間の経過というか自分自身の境遇の変化を感じさせるものでした。一番気になっていた家の主人、と言うか飼い猫の風太くんも顔を見せていて、それまでのご飯番の帰りを待っていてくれましたが、前のように飛ばせてやることが出来なくなった私を見てどう思ったのでしょう。それから5年後に老衰?で亡くなってしまったので、もう聞くことも出来ません。まあ、言葉を話したらその段階でテレビ局にでも身売りされていた!でしょうけど、そこまでは芸達者ではなかったのでまあ良かったのかなんだか。なお、関係のない話ですがこの風太君、同時期に飼っていた相方の阿呆ビーグル(放浪癖付き)の行方を捜すという特殊能力は持っていました。(外飼いで)よくリードごとハウスを抜け出して、我が家の周りの深い山の中で迷子になっていたのですが、母親が心配して探し始めると、とことことやってきて、先導して母親を犬がいる山の中に案内してくれました。私が倒れる前からその傾向があって、良く抜け出す犬と、それを探す猫という構図が出来上がっていました。まあ風太君の方が家では何年も古株でしたから、意外でも何でもないのでしょうが。猫の行動半径の広さに驚かされたものです。この風太君、我が家に来て3カ月の内には家猫から野生ネコにクラスチェンジして、近隣の野生動物との様々な死闘を繰り返して頂点に立っていた猛者ですから(たまに引っかかれる等して大けがしてきましたが。若い内は。)、特に不思議は無いんですが、何故か近隣の仔猫(♀)には弱かったんですよね。去勢済みなのに。とりあえず、私以外にグルーミングをしてくれる者がいなかったので、ほんと久々に手つきは妖しいながら毛を梳いて上げると、ちょっと痛そうにしながらも擦り寄ってきて、こちとら振り払う事も付いた気を払う事もよく出来ず往生したモノでした。今から3年前に亡くなってしまったので、現在も猫レスで寂しく思う時があります。まあそれは余談として、帰って即、今後の家での過ごし方を協議して、自室(今でも片付いていない)は仕方ないのでそのまま、介護用ベッドを居間に設置したので、そこで寝るように、農業は耕作放棄、車は乗らないように等細かい取り決めをして養生を行うことになりました。食事は、まずやってみて、風呂は既に父親が以前入院していた時に要介護体制が整っていたのでそれを活用する、あとは臨機応変にってとこに落ち着きました。まあ本人の回復?具合によりき、ですね。じぶんでもやってみないと分からないとこがありましたので、最初は車いすでどこまでできるかを試そうと思っていたのですが、何分古い家で室内はほとんど畳敷き。つかまって歩く突起もそれなりにあったので、自然と杖を使って歩く、事より家具等に掴まってそろりそろりと歩く方向に向かいました。それが何とかできるぐらいにはリハビリを積んできた自信はありましたので。実際、病院ではほとんど転びませんでしたし、療法士さんの薫陶も同病棟の人生の先輩たちへの見栄もありましたので、そういう間違った?モチベーションも駆使して家での生活を再開したわけです。その後、リハビリ入院時の主治医の先生のもとに月一回通院する事や、時機を見て民間のリハビリ施設に通所することが決まりましたが、要介護生活なんて大けがで数年前まで自宅療養していた父(他界)も寝たきりになって程なくしてなくなっていたので、ほとんど自分の事として考えられませんでした。実に今更ですね。でも変に遠慮したりしてまた迷惑もかけられないと思い直して、自宅療養生活?を今に至るに続けています。そんな生活の実情を次から書き記してみたいと思っています。要介護の、介護保険制度の実態とはを対象者としての僻みを込めて。基本的に、リハビリを志向する者にとってはどうかと思う点も含めて。ただ、制度そのものは有難いのであくまでこう感じる、という程度で。

よく考えると、こんな駄文を書き連ねられるようにまでなってますから、多少はマシになっているのかもしれません。へたに全身麻痺とか右半身のマヒだったりしたら、自分に関していえば目も当てられねーな。まだ猫がいたのも良かったのかも。もういないけど。犬もその前に死んじゃったし。時の流れって。

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