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おいしい薬の作りかた 〜近未来の魔法世界に転生したのに、なぜだかみんな薬草だけは生でかじってばかりです〜  作者: りっく
第4章 薬屋の快挙とこれからの毎日

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8.このずるい人生

「——君はいつから、薬が作れることを知っていたんだ?」

「え……?」


 レイモンドの質問の意図がわからず、エレノアは間抜けな声を出す。

 薬が作れることをいつから知っていたのか、なんて。

 まるで、ふつうなら薬の存在そのものを知らないような言い回しだ。


(……あ、そっか。本当にそ(・)う(・)なんだ、この世界は)


 エレノアが気づくのと、レイモンドがさらなる質問を重ねるのは同時だった。


「薬って言葉は、“薬草”って言葉から“草”を意味する部分を外した、君の造語だろ。薬草を売る人のことを“薬師”、“薬屋”って呼ぶこともあって違和感はなかった。この国の人ならみんなすんなり意味がわかるだろうけど、概念としては特殊なものだ。でもエレノアはいつも、『薬』というものが当たり前に世の中にあるように話すよな」

「……確かに、言われてみればそうね」


 レイモンドだけではなく、ロゼも含みをもった声で頷いた。

 エレノアの見落としていた、この世界とのギャップがそこにはある。


「え……あれ? 薬(・)って、ふつうにある言葉じゃ……」


 エレノアの放つ言葉は生前話していた日本語ではなく、当然この世界の、このメディシーネ王国の言葉だ。

 前世を忘れたまま10歳まで生きてきたこともあり、言語は自然に身についている。


 でも、エレノアの思考はずっと日本語で、常識だって向こうの世界(前世)に即したままだ。

 自然にこの世界の言葉で話しているつもりでも、常に小さな翻訳が必要になっていた。


(じゃあ私はずっと、無意識にみんなに伝わるような造語で話していたってこと? だから最初に薬を売り出しても怪訝な顔をされたり、薬草について聞き返されたりしてたの??)


 混乱して、エレノアはレイモンドの顔がまともに見られなかった。

 膝の上でこぶしをぎゅっと握りしめ、言葉を探す。


(出会ってからずっとそんな違和感があったなら、今更ごまかせるわけがないよね……。素直に話す? でも、それは)


 気づいたら唇を強く噛み締めていた。

 前世のことを話したくないのは、信じてもらえないと思うから……というだけではない。

 もちろん変なやつと思われたらどうしよう、と不安に思う気持ちがないわけではないけれど。


 それ以上に大きいのは、後ろめたさだ。

 

 エレノアのことを評価して、応援してくれている人たち。

 レイモンドも、ロゼも、二人だけじゃなく誰であっても、みんな自分の置かれた環境で力強く生きている。

 

 彼らの前で、「自分は運良く生まれ変わったので、前世で叶えられなかった夢をこの世界で追っています」……なんて言うのは、自分だけずるい気がして。

 打ち明けてがっかりされる勇気が、エレノアにはなかった。


「……えっと…………」


 視線を彷徨わせ、唇を開いては閉じるエレノアの様子を見て、レイモンドもまた困ったように眉根を寄せていた。

 気づけば彼の大きな手が、エレノアの頬に触れる。


「わ」

「あ……悪い」


 エレノアが驚いて顔を上げたせいで、レイモンドの指先がエレノアの柔肌に埋まる。

 慌ててレイモンドは手をどかし、そっぽを向いた。

 差し伸べられた右手はハンドルの上に戻っていく。


「は、話したくないならいい。そんな深刻な話だと思ってなかったというか……その。そんな顔をさせたくて聞いたわけじゃない」

「ぁ——」


 レイモンドの言い方が気にかかって、バックミラーに映る自分の顔を見る。

 エレノアは自身でも気づかぬうちに、不安げな、泣きそうな表情を浮かべていた。


「……すみません」

「いや。こっちこそ」


 車内に苦い沈黙が流れる。

 やがてその空気に耐えかねたように、レイモンドは何も言わず王都へと車を発進させた。


   *   *   *


 ロゼを王都へ送り届けた頃には、空はすっかり夕暮れの色になっていた。

 朝から何も食べていなかったエレノアは、レイモンドの案内を断って、一人で王都を歩く。


 去年から何度も王都に通っているおかげで、ずいぶんこの大きな街にも慣れた。

 景色こそ近未来だが、都会というもののあり方は現代日本と変わらない。

 都心で一人で歩いている女がいたって、誰も気に留めないし、不審にも思わないだろう。

 だから一人でも大丈夫——と思ったのに。


「はぁ……。嫌だな、なんか急に心細くて……」


 レイモンドの質問にうまく答えられなかったあと、二人の間にはずっとぎこちない空気が漂っていた。

 ロゼを見送るときは穏やかに話せていたのに、二人になったらうまく話せない。

 そんな経験は、出会ってから初めてだった。


(いつか、話さないといけないのかな)


 たとえ失望されてしまうとしても。

 本当はすごいアイデアと情熱を秘めた薬師なんかじゃなくて、ただのなりそこないの薬剤師未満なのだとバレて、呆れられるとしても。


 想像するだけでつらい。

 けれど、ごまかして逃げている今も同じくらいつらかった。

 

 だったらいっそ話してしまった方が、気持ちよく次のステップに進めるのかもしれないと思う。


「はぁ〜……」

「ちょっと、そこの君」

 

 ため息をつきながらトボトボと歩いていると、進行方向に立つ男性から声をかけられた。

 男性は騎士服に身を包んでいた。

 レイモンドのそれとは少し色もデザインも違うが、別の班の衣装だろうか。


「ここから先はパレードの準備で立ち入り禁止だ。……というか君、迷子か?」


 男性は困ったようにエレノアに問いかける。

 ハッと顔をあげてあたりを見渡すと、いつの間に迷い込んだのか、そこは大通りを外れた知らない路地裏だった。

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