7.君が望む世界
必要な手続きを済ませ、エレノアはレイモンドとともに魔導車に戻ってきた。
王都に送り届けるため、ロゼも一緒だ。
「それで、エレノア店長の次の考えって?」
「う。そういう言い方をされると、緊張しちゃいますけど……」
「何を今更言うのかしら。フェルノースから王都へ商売の幅を広げる、名店の店主でしょう? 私たち先見の明があったわね、レイ」
「そうだな」
ロゼとレイモンドは冗談めかしてエレノアを持ち上げる。
どこまで本気かわからないが、少なくとも完全な冗談ではないことは読み取れて、エレノアはますます恐縮した。
「もう、わざとらしいこと言わないでください! そんなことなら話しませんよ」
「う、ごめんごめん。真剣に聞くよ」
「はい。……とは言っても、多分お二人には反対されると思うんですけど」
エレノアはそう前置きして、話しはじめる。
転機はちょうど、デボラが店を辞めて、王都に修行に出て行ったころだ。
自分のやりたいことと、誰かのためにやってあげたいこと。
さらに、それらを続けていくためにしなければならないこと……いろいろ天秤にかけて、考えた。
エレノアの夢は、今も変わらず“おいしい薬”を作ること。
でもそれは何のために? どこがゴールなのか? そうやって1年近く考え続けて。
気がついた。
「別に、私が薬を作る必要はなかったんですよ」
「……ん?」
「最初にアイデアを考えたり実験したりするのは、私の仕事です。知識もあるし、作りたいものもはっきりしてる。お店でお客さんの声を聞いて、改良したりするのも楽しいですよ。でも最近はそれもできてない」
エレノアの言葉が曇るにつれて、隣に座るレイモンドの表情も険しくなる。
エレノアの言わんとすることを、推し量ろうとしているのだろう。
「まさか、店を辞めるって言うんじゃ……いや、違うな。それじゃ薬は広まらない。じゃあ、」
「はい。そうじゃなくて——薬の製法自体を売ろうと思うんです」
空間ごと呆気に取られたように、車内が一瞬、静まり返る。
レイモンドもロゼも、何も言わず大きく一つまばたきだけをした。
数秒経って、やっと硬直が解けたようにレイモンドが首を振る。
そして吐き捨てるように呟いた。
「それは……それじゃ圧倒的に君が損をする」
「お二人なら見たことがあるから知っていますよね? 薬は簡単に作れます。味を気にしなくていいのなら、遠征先でも作れました。今まで独占していた方が変なんです」
「違う。簡単だからこそ、レシピがバレたらもう薬は売れなくなる。自分だけで独占して売り続けた方がずっと儲かるはずだ。何億ゴールドで売れたなら割に合うかもしれないが……」
いくらノイヤール侯爵やシグルド宰相のように、エレノアを評価する貴族がいるとはいえ。
彼らは、何億も払ってエレノアをみすみす逃すことはしないだろう。
それなら今のように取引だけにして、エレノアを働かせつづけた方が都合がいい。
エレノアも現状には気がついていた。
“フェルノースの新鋭薬師”と持ち上げられてはいるが、今のエレノアは、実質貴族の事業の下請けだ。
儲けることが目的ならそれでいいのかもしれないが、エレノアは儲けたいわけじゃない。
「……そうか。そもそも君は、薬で荒稼ぎしようってタイプじゃなかったな」
「はい」
レイモンドも気がついたようで、言葉を止めて車の座席に沈み込んだ。
ヘッドレストがギシリと軋んで鳴る。
まだ何か言いたいことがありそうだったが、レイモンドは黙って窓の外を見つめていた。
「意外かしら、私は賛成よ。ホリーから聞いたわ。あなたの夢のことも、そう思うようになったきっかけも」
「ロゼさん……」
「順番が逆だもの。薬草を加工するというアイデアがあって、それを使ってビジネスを立ち上げたなら、あの貴族たちの元で頑張ればいいと思うけれど……あなたはまず誰かを助けたかった。それでひたすら愚直に研究をして、見つけたのが今の方法でしょう? 根本的に、商売ってタイプじゃないのよ」
「う。そ、それ褒めてますか?」
いい雰囲気かと思ったら、商売に向いていないと言われた気がする。
辛口なロゼの評価に拍子抜けしていると、レイモンドもやがて体を起こした。
「まぁ、理解は、できなくもない。侯爵殿が破格の条件で薬を発注してくれることよりも、一人でも多くの人がおいしい薬を飲んで健康に暮らしている方が、エレノアにとっての利益なんだろう」
「はい。苦しんでいる人が減るなら、助けるのは私じゃなくてもいいんです」
「……王都にも苦しみがある、とかなんとか焚き付けたのは俺だったな。忘れてたよ」
レイモンドはガシガシと頭を掻いて、エレノアの方に向き直る。
窮屈な魔導車の運転席の中で、体ごとこちらを向くものだから、エレノアも反射的に背筋を伸ばした。
「悪かった。君が望む世界がそっちにあるなら、俺も止めないよ。でも、一つだけ聞かせてくれ」
「ありがとうございます。……なんでも聞いてください、答えられることなら、」
認めてもらえたことにほっとして、安堵のまま答えると、レイモンドはまた表情を固くした。
何かまだ深刻な問いがあっただろうか。嫌な予感がして、エレノアは後悔する。
なんでも聞いてなんて、言わなければよかった。
「前からずっと気になってたんだ。——君はいつから、薬が作れることを知っていたんだ?」




