9.レイモンドの友だち
「俺は近衛騎士、ラインハルトだ。迷子なら送っていこう」
いつの間にか、周りに広がっていた知らない風景。
エレノアがきょろきょろしているのを見かねて、呼び止めてきた男性は名乗った。
「あ、すっ、すみません。ぼんやり歩いていたら、こんなところに」
「おや。あなたは、確かどこかで……」
「はいっ。フェルノースの薬師、エレノアです。一度、騎士団の朝礼に出させてもらったことがあります!」
見慣れたものとは少し違う騎士服は、王都を警備する近衛騎士の制服だったようだ。
とはいえ、彼らも母体は同じ騎士団。エレノアの薬の、大切なお客さんである。
姿勢を正して自己紹介をすると、硬かったラインハルトの表情がふっと緩んだ。
「あぁ、どうりで。そういえばレイが送迎がどうこうと言っていたな」
「あれ? レイモンド様のお友だち……ですか?」
「友だち? ふふ、まぁそうといえばそうか」
ラインハルトはくすぐったそうに笑いながらも、エレノアの言葉に頷く。
「レイとは訓練生時代の同期なんだ。それで……肝心のそのレイモンドはどこに?」
「あ、えっと。それが——」
エレノアは今日起こったことを、かいつまんで説明する。
薬屋の仕事のために送迎をお願いしたこと、その先で今後について話を聞いてもらったこと。
自分のやりたいことだけ話して、レイモンドからの質問にはうまく答えられなかったこと。
「……事情があって、誰にも言いたくないことを聞かれてしまって。正直に打ち明けたらズルだと思われてしまうかも、って思うと話せなくて、逃げてきてしまったんです」
「ズル、か」
「あ、すみません。こんなこと急に話されても困りますよね!? こっちの話で、すみません」
レイモンドの友人と聞いて、つい気が緩んで話しすぎてしまった。
エレノアが平謝りすると、ラインハルトは帰り道を指し示して言う。
「王都の中心街まで案内しよう。その間、俺たちの昔話を少し聞かないか?」
「昔話、ですか? 俺たちってラインハルト様と、レイモンド様の?」
「あぁ。……あの頃、俺とレイモンドの仲はまだ最低だった」
エレノアを先導するように歩き出しながら、ラインハルトはそう口火を切った。
* * *
6年前、騎士志願者が通う士官学校にて。
その年の新入生は、伝説揃いだと噂されていた。
実技試験の魔法科目で過去最低点を叩き出しながらなぜか合格した田舎者、レイモンド。
由緒正しき実家を出奔し、周囲の反対を押し切って騎士を目指す貴族のドラ息子、アルフレッド。
他にも何人か新入生はいたが、ことあるごとに注目を集めるのはその二人ばかり。
その状況に、同じく新入生であったラインハルトは不満を抱いていた。
(入学試験は首席で通った。例年なら将来有望な騎士だって、俺こそが評価されてたはずだ。それなのに……一般家庭生まれの優等生になんか、今年は誰も見向きしない。ちょっと特殊なやつらがいるからって!)
地道な努力が得意なラインハルトに対して、レイモンドとアルフレッドは違った。
「あ、レイ! ちょうどよかった。この間、父さんから興味深い魔道書をこっそり買ってもらってさ。試したいんだけど、このあといいかい?」
「アルか。いいぜ、好きなだけ練習台にしろ」
「やった! レイにならどれだけ魔法を撃っても大丈夫だからな。助かるよ、魔法が効かない体質!」
やる気がないわけじゃない。努力だってしている。
でも人並みだ。結局彼らを彼らたらしめているのは、実家の金とか、生まれ持った体質とか。
あとから欲しくても獲得することは決してできない、恵まれて手に入れた財産の方だ。
二人の会話を盗み聞きしていたラインハルトは、ため息をついてその場を離れる。
(……あんなのは、ズルだ。最初から才能のあるやつしか報われない世界なんて間違ってる!)
ラインハルトは本気でそう思っていた。
だからレイモンドとアルフレッドに対しては心を閉ざしていたし、長い物に巻かれて彼らを評価する人々を見下していた。
同期の他の騎士見習いたちと話していても、話題は大体レイモンドかアルフレッドのことになる。
いつしか嫌になって、同期との交流も避けるようになった。結果、ラインハルトは一人になった。
それでも訓練にだけは打ち込みつづけ、ときどき行われる試験の成績だけは、ずっと首位をキープしつづけた。
しかし、何度目かの試験の成績発表の日。壁に張り出された試験結果を前に、ラインハルトは肩を震わせていた。
そこに通りがかったアルフレッドの声が、ラインハルトの感情をさらに加速させる。
「……あれ? 今回はレイが1位だったんだ。魔法、どうにかなったのかな」
「っ……お前、」
「残念だったね、ラインハルトくん。いつもがんばって1位を取ってただろう? レイとすごいやつだなってよく話して——」
「ふざけんな! こんなの間違ってる!!」
ラインハルトは勢いよく振り返り、衝動的にアルフレッドの胸ぐらを掴んだ。
アルフレッドは抵抗することもなく、突然の事態に驚いて目を白黒させている。
(なんで怒ってんの、って顔だな。本気で悪意なく、俺の神経を逆撫でするようなことばかり!)
手を振り払おうともせず困ったような微笑だけを浮かべるアルフレッドの態度に、余裕を感じてラインハルトはますます腹を立てる。
どうにかその顔を歪ませたくて、唾がかかるほど至近距離でラインハルトは吐き捨てた。
「魔法も使えねぇやつが、1位になれるわけないだろ。何かズルしたに決まってる!!」
ラインハルトが叫んだその瞬間、アルフレッドの顔からスッと表情が抜け落ちた。
静かな怒りが、アルフレッドの声を震わせる。
「……それ、本気で言ってんの?」




