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おいしい薬の作りかた 〜近未来の魔法世界に転生したのに、なぜだかみんな薬草だけは生でかじってばかりです〜  作者: りっく
第1章 辺境の薬屋と無敵の騎士

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9.一件落着

 エレノアの薬屋の前に、列ができはじめてから2時間ほど後。

 抱えていった大量の薬茶を全て配り終えたレイモンドが薬屋に戻ってくると、だんだん客の勢いも落ち着いてきた。

 レイモンドがいかに次々と客を呼び寄せていたのかよくわかる。


「……すごい方だったんですね。すみません、お茶配りなんてさせて」

「いや。俺としても不本意な活躍だった。君の役には立ったか?」

「はい、それはもう! ありがとうございました」


 日が暮れる頃、レイモンドは神殿に向かっていった。

 そろそろ彼の仲間たちもみな治療を受け終えた頃だろう。

 

 お客さんの途絶えた店の中。

 エレノアに深く頭を下げて、歩き去るレイモンドの背中をエレノアは見つめていた。


(どうなることかと思ったけど……これで一件落着、かな)


 レイモンドの活躍のおかげで、神殿を追い出された患者たちにエレノアの薬は広く行きわたった。

 口コミを聞いただけのお客さんもやってきて、神殿の患者よりもさらに多くのお客さんが来ていた気がするが。

 街全体の健康のためと思えば、悪いことではないだろう。


「やり切ったじゃねえか、嬢ちゃん」

「ディエゴさん! お疲れ様です、今日は本当に助かりました……!」


 レイモンドと入れ替わりに、ディエゴが店に入ってくる。

 彼は彼で忙しいだろうに、半日もエレノアの手伝いを買って出てくれた。

 感謝を込めて深く礼をすると、ディエゴはエレノアの肩をポンポンと叩く。


「あの騎士に助けられちまったな」

「そうですね。不思議なご縁でした」


 王都を中心に活躍する騎士なんて、この辺境の街で出会うことすら奇跡のような存在だ。それも二つ名までついて名を轟かせる二級騎士。

 たまたまこの街に治療を求めてやってきて、たまたまエレノアの薬草畑を訪れて、たまたま今日一日協力しあった。

 非日常な一日を過ごした、とエレノアはしみじみ思う。


「ディエゴさんにも本当に感謝してます。またお礼させてください」

「気にしなくていい。嬢ちゃんの薬にはいつも助けられてるからな」


 ディエゴは軽やかにそう言って、エレノアの背をバシンと叩いた。

 エレノアは背筋を伸ばして、店を出ていくディエゴを見送った。



   *   *   *



 数日後。

 エレノアの店は、今までよりもずっと繁盛していた。


「これが噂の薬草茶かい?」

「はい! よければ試飲していかれますか?」

「ぜひもらおうかね」


 狭い街の中で、噂話や評判はすぐに広がる。

 騎士団が敗走してきた日に配った薬茶を飲んだ人々から、着実に店の話題が街に広まっていったのだ。


 今日の一人目のお客さんは、前に生の薬草を求めて店にやってきたことのあるご老人だった。

 聞けば奥さんの体の調子が悪く、毎日どこかが痛いと言うので薬を常備してあげたいという。


 レイモンドのことを知る若い女性だけでなく、お年寄りにまで店の評判が広まったのは嬉しいことだ。

 自分の薬のできばえをわかってもらえたのではないか、とエレノアは内心嬉しく思っていた。


「……これは、ハーブティーみたいなものか」

「はい。ハーブティーに薬草を混ぜて、薬草の苦味を感じないようにしてあります」

「確かにそうだね。この茶葉を一週間分いただけるかい?」

「ありがとうございます! ちなみに他にも……」


 前のように行列ができているわけではないので、茶葉を買いに来た人に他の薬をおすすめすることも忘れない。

 エレノアの接客も、最初の頃に比べてかなり板についてきていた。


 老夫から注文を受けた薬を用意し、代金を受け取る。

 用法と用量を手短に伝えて、頭を下げて客を見送った。

 開いた自動扉から、入れ替わりに次のお客さんが入ってくる。


「いらっしゃいま……ホリー! ようこそ」

「お疲れさま。お店、すごく流行ってるね」

「神殿でお店のこと、話してくれたんでしょう? ホリーのおかげだよ」


 やってきたのは友人のホリーだった。

 神殿で治癒師として忙しく働くホリーだが、今日は休日らしく、私服に身を包んでいる。


「あの日は騎士様がこの店の宣伝をしてたって聞いたよ。そっちのおかげなんじゃない?」


 ホリーは冗談めかして唇を尖らせてみせる。

 やきもちを焼くような愛嬌のある言葉と表情に、エレノアはぷっと吹き出した。


「それもあるけど、ホリーのおかげもあるの。拗ねないでよ」

「本当かなぁ」


 そう言いながらホリーもくすくす笑う。


「それで、今日は何のご用? まさか薬を買いにきたんじゃないでしょう?」

「ああ。先日のお礼を言いにきたんだ」

「お礼?」


 首を傾げるエレノアに、ホリーは声を落として言った。


「実はあの日……騎士団が神殿に運ばれてきた日は、夜にロゼと会う予定があってさ」

「ロゼさんって、前にお見合いしたって言ってた?」

「そう。彼女も王都で治癒師をやっていて、僕以上に休みが少ないから、めったに会えないんだけど」


 治癒魔法の素質がどういう条件で開花するかはよくわかっていないが、遺伝的要素もあると言われている。

 治癒師同士でお見合いをして婚約者を探すのは、彼らの業界ではよくあることだ、と前に話を聞いたのを思い出した。


「騎士たちが来た時点で、残業になるからロゼとは会えないだろうと思ったんだ。ただでさえ距離も遠くて会う頻度も少ないから、このまま関係が冷えていってしまうんだろうと諦めてすらいた」

「そんな……」

「違うんだよ、君のおかげで会えたんだ。君が街で薬を配ってくれていたおかげで、騎士たちを帰したあとはほとんど仕事をしなくて済んだから」


 ホリーはエレノアの手をとり、噛み締めるように呟いた。


「君のおかげで、大切な人と離れずに済んだ」


 そう言われて、エレノアの心に達成感とほんの少しの寂しさが湧き上がる。

 

 ホリーが幸せになることは、自分のことのように嬉しい。

 治癒師に任せきりの現状を憂いていたエレノアにとって、自分の仕事でホリーの負担が軽くなったならそれも嬉しい。

 けれど少しだけ、置いていかれるような気持ちもあった。


 誇りある職業について、同じ立場の分かり合える相手と出会って結ばれる友人。

 それに対して、エレノアはひとり薬に没頭し、不思議に思われてお見合いも全敗中の身だ。

 人生の段階がずれていくような錯覚に、エレノアは複雑な気持ちを抱いた。


 しかしそんなことはつゆ知らず、ホリーはエレノアに笑いかける。

 

「ロゼに君のことを話したら、王都にも薬屋がほしいって言ってたよ。君の評判が王都まで届くのが楽しみだって」

「え。そ、そんな大袈裟な……」

「本気だって。君は君が思ってるよりずっとすごいんだから!」


 ホリーの言葉は、エレノアの心すら癒すような優しい響きを持っていた。

 エレノアは大切な友人の言葉を胸に刻み、暗い気持ちを振り払うように頭を振った。

 

(寂しいなんて思ってる場合じゃないよね。まだ薬屋を始めたばかりなんだし……私も、目の前のことをがんばらないと)


 やっと軌道に乗り始めた薬屋の未来を思って、エレノアは気合いを入れ直した。

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