8.騎士の活躍
「そこの女性、神殿帰りですか? よかったら薬草茶はいかがだろう?」
神殿の外壁にふんだんに使われた魔法石が、西からの日光を反射してキラキラ光る。
純度の高い魔力に満ちた空気はパリッと張り詰めていた。
神殿前の広場で、レイモンドは道行く人々に声をかけていた。
神殿からとぼとぼと重い足取りで出てきた女性に呼びかけると、女性は驚いた顔をする。
「レイモンド様!? まさか、さっきの騎士団ってレイモンド様の……?」
「え……あぁ。ご迷惑をおかけしている、悪いな」
王都では騎士の活躍が大々的に宣伝されるので、レイモンドの顔を知る人も多い。
見た目やひとり歩きする二つ名で眼差されるのはムズムズして苦手なのだが。
辺境のこの街でも同じ目に遭うとは。
レイモンドはにこやかな笑顔を取り繕いながらも、内心ため息をつく。
(そもそも、俺がなんでこんなことを……と言いたいところだが)
レイモンドは肩にかけた仕切り付きのカバンから、ガラス瓶を1つ取り出した。
中は薄緑色の液体で満たされている。
「広場の南の薬屋から差し入れだ。薬草を煮出したお茶で、体調不良や倦怠感に効くらしい。どうぞ」
エレノアの薬屋を指で示しながら、レイモンドはつい先ほどの会話を思い出す。
手伝ってほしい、という彼女の言葉にレイモンドは心底驚いた。
レイモンドはつい数分前まで彼女を疑って、剣にまで手をかけていたというのに。
「私では知名度も実績も、実力も足りなくて……手が届き切らないんです」
謙虚さともまた違う、後ろ向きな言葉。
そのくせやけに真っ直ぐな瞳を見て、レイモンドは断れなくなってしまった。
(……あれを断れるやつがいるなら、そいつは騎士じゃない)
とはいえ原理のわからない薬配りに加担するのは嫌だったので、エレノアが薬草茶を作るところはずっと見ていた。
薬草を刻み、市販のハーブティーと混ぜてティーバッグに入れる。そして湯を沸かして淹れるだけだ。
不審な点がないことを確認したからこそ、こうして街角で薬草茶を配っているのだ。
レイモンドから薬草茶の小瓶を受け取った女性は、おずおずと瓶に口をつける。
その場ですぐ飲めるよう、茶は一口か二口分しか入っていない。
ひと思いにこくんと薬茶を飲み込んだ女性は、ほっと温かい息を吐いた。
「……爽やかでおいしい」
「それはよかった。あぁ、瓶は預かろう」
「ありがとうございます……!」
「いえ。では、お大事に」
声を掛ける前に比べて、少し女性の背筋が伸びた気がする。
軽やかに歩き去る女性の背を、レイモンドは唖然として見つめていた。
彼女だけではない。
すでにレイモンドは何人も神殿帰りの人々に声をかけていたが、みな薬草茶を飲むとすぐに元気を取り戻した。
残った薬草茶の瓶を眺め、レイモンドは眉をひそめる。
(あの薬屋……一体何者なんだ?)
* * *
その頃、エレノアは焦っていた。
レイモンドにお茶配りを頼むのはいい作戦だと思ったのだが……いや、間違いなくいい作戦だったのだが。
いい作戦すぎたみたいだ。
先ほどから休まることのない店の自動扉の前には、ずらりと列ができていた。
「いらっしゃいませ……!」
「こんにちは。あの、さっき道でもらったんだけど、瓶に入った……」
「薬茶ですね! すぐご用意いたします!」
王都では有名人だと聞いたから、そのせいなのだろうか。
レイモンドに配ってもらっている薬茶が、店でもブームを巻き起こしていた。
(こんなことなら薬茶ばっかり作ればよかった。さっきまでまんべんなく作ってたせいで、もう在庫が怪しい……)
カウンターの下にしゃがみこんで、お客さんに見えないようこっそりため息をつく。
それから、残り少なくなってきたティーバッグの在庫をお客さんに差し出した。
「疲労回復、風邪に効きます。リラックス効果もあるので寝る前なんかにもおすすめです。一日一杯で健康が保てる量なので、あまり頼りすぎないようにしてくださいね。ティーバッグ3点1セットで、400ゴールドです」
最初はひとりひとり症状を聞き取って、薬茶以外にも適した薬があれば勧めていた。
しかし、みなあの薬茶がよかったのだと言って、他の薬を買おうとはしなかった。
エレノアは不満だったが、列が伸びてきたのを見たディエゴがお茶を売ることに専念しろと言うのでしかたなく聞き入れることにした。
そのディエゴは今も、列の整理を手伝ってくれている。
(騎士パワー、すごすぎる……)
エレノアはお客さんを見送り、天井を仰いだ。
しかしすぐに次のお客さんが入ってくる音がして、また笑顔を作る。
ここ数十分、それの繰り返しだ。
(あぁ……レイモンド様、早く戻ってこないかなぁ……)
レイモンドに頼ったことを少し後悔しながら、エレノアはひたすら薬茶を売りつづけた。




