7.騎士の手も借りたい
カウンターの奥にある扉を蹴破りそうな勢いで開けて飛び出してきたのは、レイモンドだった。
彼は剣呑な表情で、エレノアの顔を見つめる。
「ただの薬草や毒消しのハーブで、こんなに体調がよくなるものか! 痛みが引いただけじゃなく、疲労感まですっかり消えたんだぞ!?」
何か怪しい薬を盛ったと思われているらしい。
エレノアは縮こまりながら、慌てて弁明する。
「なんにも変なものは入れてません! レイモンド様の回復力が優れている証かと……!」
「いや違う。薬草も毒消しも、過去何度も使ってきたがこんなに即効性のあるものはなかった!」
エレノアを問い詰めるレイモンドは、威圧的な雰囲気を発していた。
無実の罪でも頷いてしまいそうな鋭い眼光に、エレノアはたじたじになって震える。
店の中に突然降りてきた気まずい雰囲気を断ち切ったのは、つい先ほどまで泣きべそをかいていた少年の声だった。
「……おねえちゃんのくすり、そんなにすごいの?」
「こらっ、やめなさい!」
母親が慌てて息子を叱りつける。
しかし、無垢な子どもの声はレイモンドの勢いを確実に削いだ。
彼が怯んだのを察し、ディエゴが助け舟を出す。
「薬がよく効いたんならいいことじゃねえか。特にこんな緊急事態においては」
「……それも、そうだが…………」
不服そうにレイモンドは呟き、剣にかけた手を下ろした。
エレノアはほっと息をつき、レイモンドに向かって頭を下げた。
「すみません。薬のことは、あとで詳しく説明します。今は街の方たちを優先してもいいでしょうか」
「……わかった。さっきの席で待っている」
扉が閉まると同時にエレノアは長い息を吐く。
そして、事態を見守っていた4人の客に向かって、深々と頭を下げた。
「すみません、ご心配をおかけしました! 薬には本当に変なものは入っていませんので、ご安心ください……!」
「愛用してる俺が保証するぞ」
隣でディエゴが同意してくれたこともあって、お客さんはみんな寛容に頷いてくれた。
さすがフェルノースじゅうから頼られる工房の親方である。
エレノアはほっと息をついて、一人だけまだ症状を聞けていなかった女性に向き直る。
彼女は先ほどから、ときどき口元を隠して苦しげに咳き込んでいた。
「今日はどうされましたか? 風邪でしょうか」
「そうなんです。熱と喉の痛みが……けほっ。それより、さっきの方は大丈夫ですか?」
女性は心配そうに、レイモンドが出ていった扉を見つめる。
「会ったときはボロボロだったんですけど、薬が効いたみたいで。……効きすぎて怪しまれちゃいましたけど」
エレノアが苦笑すると、女性は眉を下げて小さく首を振った。
「そうじゃなくて……あの方、“先駆けのレイモンド”様でしょう?」
「え。あの人、名の知れたすごい人なんですか?」
「狙った獲物は逃がさない、二級騎士最強の男――王都に行ったときニュースで顔を見ました。怒らせたらただでは済まないかと……」
「えぇ……っ」
エレノアの小さな悲鳴が、店の中にか弱く響いた。
* * *
4人のお客さんを見送って、エレノアは店のバックヤードに入った。
店番は再びディエゴに託してある。
まだまだ患者はいるだろうから、在庫の補充は急務……なのだが、その前に。
(狙った獲物は逃がさない、二級騎士最強……かぁ)
エレノアを鋭い眼光で問い詰めた、あの姿が本来の“騎士・レイモンド”なのだろう。
びくびくしながら、レイモンドのいるダイニングをそうっと覗く。
「あ、あの……戻りました……」
「あぁ」
レイモンドは、エレノアがハーブティーを煎じるのに使った鍋を調べていた。
しかしエレノアの声かけを聞いて、レイモンドは目の前までつかつかと勢いよく歩み寄ってくる。
「さっきはすまなかった。君を信頼することにした」
「……え?」
何を言われるかと身構えたエレノアだが、聞き間違いでなければあっさり見逃された気がする。
いや、見逃されるも何も、悪いことはしていないのだが。
「い、いいんですか? 怪しい毒草とか、禁術とか使ってるかも……」
「使っているのか?」
「いや使ってないですけどっ!」
顔の前で手をぶんぶん振るエレノアを見て、レイモンドはぷっと吹き出した。
突然笑われたことに驚いて、エレノアは動きを止める。
「ふ、ははっ。やっぱり、どう考えても君は悪人に見えない」
「……そんな理由で?」
「他にもいろいろあるけどな。助けられたのは事実だ、今はそれだけを信じよう」
レイモンドはそう言って、エレノアに深々と頭を下げた。
その姿を見てエレノアは直感する。
この人は確かに強くて恐い騎士かもしれない。
正義や人助けのために奔走し、ときに人を疑うこともある。
それでも、悪い人ではない。
「ま、待ってください!」
通ってきた裏口から出ていこうとするレイモンドを、エレノアは慌てて呼び止めた。
今、この薬屋は猫の手も借りたい状況だ。
薬の在庫は少ないのに、これから神殿を追い出された人々がやってくるかもしれない。
彼らもきっと痛みや体の不調で不安な中、知らない薬に対して疑心暗鬼になるだろう。
――正直、使えるならどんな手でも使いたい。
「レイモンド様! 私を信じてもらえるなら……手伝って、いただけませんか!?」
レイモンドが振り返る。
磨かれた宝玉のような漆黒の瞳を、エレノアはまっすぐに見つめた。




