3.筆まめな二人
冬が深まり、デボラを送り出すまでの1ヶ月。
エレノアはデボラを心配させまいと働き詰めになっていた。
(頑張りすぎて、二人が話す時間が減っていたら元も子もないような気がするんですけどねー……)
近くで様子を見ていたキャシーは一人、気を揉んでいた。
エレノアの努力は必要なものだとわかっているが、年長ものとして心配でならない。
今日も忙しそうに店を出て行こうとするエレノアの背に、キャシーは思わず声をかけた。
「店長ー。最近がんばりすぎではないですかー? デボラさん、心配してましたよー」
「あー……そうですよね。まさにそのデボラちゃんに心配かけないように、頑張ってるんですけど」
エレノアは眉を下げてヘラりと笑う。
取り繕っているつもりか知らないが、強がっているのが丸わかりだ。
黙って見守っているつもりだったのに、キャシーはつい口を出してしまう。
「ゆっくり二人で店番でもしたらどうですー? 店長、最近走り回ってばかりで、店番してないでしょー」
「確かに。最後にここに立ったの、いつだろう」
カウンターの中にふらりと入ってきて、エレノアは店の中を見渡した。
彼女が立ち上げた店だというのに、最近はゆっくり店の中にいる姿を見る方が稀だ。
「今度出勤が被るとき、お薬作りを代わりましょうかー」
「そ……れは、教える余裕がないので今度で……」
「ふふっ、了解ですー」
エレノアのまとう張り詰めた雰囲気が、少し緩んだのがわかった。
冗談の中に含めたキャシーの気遣いは、きちんとエレノアに伝わったようだ。
(これなら、大丈夫ですかねー)
キャシーはほっとして、エレノアを送り出して自分の作業に戻った。
エレノアとデボラはその後、ゆっくりと話せたらしい。
しきりに寂しそうにしていたデボラが、ある日から吹っ切れた顔をしていたのでよくわかった。
デボラが辞めるのは年末の慌ただしい時期だったので、送別会はきちんとできなかった。
年明け、王都に出発するその日の朝に、菓子折りを持って挨拶にくてくれたのが最後の機会だ。
「ときどき、お店の皆さんに手紙を出してもいいですか?」
「もちろん! みんなで楽しみに待ってるよ」
エレノアとそう約束していた通り、ときどき王都から手紙が届いた。
最初の1ヶ月は、どのレストランにも修行を断られると不安そうな筆跡で書かれた手紙が届いてみんなで心配した。
何とか見つけた酒場で住み込みで働いて、技術を盗み、休日にも出店のアルバイトなんかを渡り歩いて、いいレストランに入るまで3ヶ月。
そこで厳しい修行を経て、半年。飛ぶように時が過ぎていく、その間もずっと近況報告が途絶えなかった。
(デボラさん、かなり筆まめですねー。まぁ、私もそのタイプですけどー……ふふ)
キャシーは彼女からの手紙を真っ先に読みたくて、自分から手紙番に名乗り出た。
ちょうどずっと店にいる担当なので都合がいい。
薬屋の環境も、ここ最近で大きく変わった。
エレノアは店頭で接客をすることはほとんどなくなり、新しく構えた薬作りの工房と、店のバックヤードを行き来する日々だ。
ときどき王都にも行って、騎士団とやりとりをしたり、薬の宣伝活動に勤しんだりしているらしい。
あとは、牧場もやっているのだったか。
キャシーは常に店にいるので、詳しいことは知らない。
キャシーの仕事は、学生アルバイトたちと一緒に接客をして、店を回すこと。
同じように、昔からの従業員であるロランは工房で薬の製造を仕切っている。
「すみませんー、どなたか接客を代わっていただけますかー」
「あ、手紙ですか? 自分、店出ますね!」
「ありがとうございますー」
デボラからの新たな手紙に返事を書こうと、キャシーはバックヤードに戻る。
昨年末から働いてくれている男子学生が、元気よく接客を請け負ってくれた。
(何から書こうかなー。創業1年セールのことは書いたしー……。あ、表彰のことがまだでしたねー)
店のバックヤードと、その奥に続くエレノアの個人宅だった場所も、今は改造されてめちゃくちゃだ。
従業員が過ごしやすいように、自由に使える広い休憩所のようになっている。
その空いている席に座り、キャシーは便箋とペンを取り出した。
時候の挨拶と手紙への感謝から始めて、話題はこちらの近況報告へ移る。
『この間、エレノアさんは神殿から表彰を受けていました。幼馴染だというホリーさんの嬉しそうな顔と、隣にいたシスターの悔しそうな複雑な表情が印象的でした』
手を動かしながら、キャシーは表彰式の日のことを思い出す。
神殿のパンク状態を改善するために尽力し、困難の際にはそれを救ったこと。
そして街の人々の健康に寄与したことを評価され、街を挙げて大々的に称えられてエレノアは照れくさそうにしていた。
誰より嬉しそうな声で、神殿を代表としてエレノアを絶賛するホリーは晴れやかな笑顔を満面に浮かべていた。
その隣でムッとしていた小太りのシスターは、かつて薬屋に営業妨害だと怒鳴り込んできたことがあるらしい。
キャシーはあとから昔話を聞いて、少し胸がすいたような気分になった。
エレノアは逆風に対しても、自分の才を証明してみせたのだ。
(……って。こんなことばっかり書いているから、手紙が長くなるのよねー)
便箋4枚目に突入してしまった手紙を締めるため、キャシーは筆を一度止める。
少し考え込んだあと、彼女は続きをこう書き足した。
『デボラさんが王都に行く少し前、悩めるエレノアさんから夢について聞かれたことを思い出しました。キャシーさんのやりたいことってなんですか、って。そのときはうまく答えられませんでしたが……夢を追う人たちを応援している時が、私はいちばん楽しいんです。デボラさんのことも。遠くからですが、成功を祈っています』




