20.大切な仲間
「え……」
エレノアが絶句していると、目の前でデボラは何度も頭を下げる。
「突然ですみません、そして不義理ですみませんっ。もちろん今すぐ辞めるとは言いませんが、私も自分の頑張りたいことを大事にしたくて……!」
「頑張りたいこと、って」
その言葉が出た瞬間、エレノアは悟った。
デボラは本気だ。
態度こそ申し訳なさそうにしているが、いくら引き止めても、言葉を尽くしても、多分彼女が考えを変えることはない。
好きなもののことになるとまっすぐで、歯止めが効かない。
似たもの同士だからこそ、デボラの想いがわかってしまう。
「……王都に行くの?」
「えっ」
デボラが下げていた頭をがばっと上げる。
その顔には驚きと、少しだけ安堵が混ざっていた。
「そう、です。なんでわかったんですか?」
「だって、私も同じこと考えてたから。王都でお店をやるのは簡単なことじゃないけど、本気なんだったら応援するよ」
「え、でもっ。いや私が言うことではないんですけど、薬屋はいいんですか?」
エレノアが引き止める様子も見せずにあっさり受け入れたことに、デボラは戸惑う。
しかしエレノアにも考えがあった。
いつか実現したらいいと思っていた夢物語、それを少し前倒しにすればいい。
「よくないけど、いいの。これは受け取る。代わりに契約をしない?」
「契約?」
「うん。辺境フェルノースから来た自然派薬膳レストラン——いつかデボラちゃんと一緒にやれたらいいなって、王都に行って思ったの。もしやってみてもいいって思ってくれるなら、資金は用意するし、食材や薬草も安く譲れると思う」
思いついたのはつい今日、昨日の話だ。
でもエレノアは、まるでずっと前から構想していたかのようにスラスラと話す。
その揺るがない想いに呼応するかのように、デボラの目も輝きはじめた。
「前にも試した香草焼きみたいな、薬草料理ですか? それとも王都で新たな知見が?」
「そう。聞いてよ、王都でのこと!」
エレノアはデボラに椅子を勧め、長話の構えだ。
騒ぎを聞きつけて2階から駆け降りてきたレイモンドは、その状況を目にして。
「どういう状況だ……?」
机の上に置かれた退職願をよそに、王都の土産話で盛り上がる二人。
エレノアの驚きの声と、重い空気を感じ取って駆けつけてきたはずがこの状況だ。
レイモンドは何が起こっているのかわからず、小さく呟きながら天井を仰いだ。
* * *
「——っていうことが続いたから、ちょうど料理のことを考えてたの。私の目指す“おいしい薬”って、料理でも実現できるんじゃないかって」
「なるほど……! すごいです、ワクワクしてきました!」
飛竜の話を聞いて、薬草ビーフを思いついたこと。
その実現のために牧場を借りたこと。
“ベンディハウス”のフードコートでたくさんの飲食店を見たこと。
王都での出来事を順に話すと、デボラは前のめりになって楽しそうに聞いてくれた。
「それで、どうかな? デボラちゃんにもやりたい料理があるとは思うんだけど、協力できたら私は嬉しいなって」
「でも、私、まだ外で働いたことはないので、まずはどこかで修行しようと思っていて……お待たせすることになるかも……」
改めて契約について持ちかけると、デボラは不安そうに視線を彷徨わせる。
エレノアの足を引っ張らないか、心配していることが伺える。
その不安を払拭するために、エレノアは力強く首を振る。
「それでも、できるなら私はデボラちゃんとやりたいよ! だって、これまで一緒に頑張ってきてくれた、大切な仲間なんだもん」
「大切な、仲間……」
「うん。私には料理はできないから、結局は誰かに頼らないといけない。それなら私はデボラちゃんがいい!」
エレノアからの熱烈なラブコールに、デボラの目元はだんだん赤くなっていく。
今にも泣き出しそうな潤んだ瞳が、エレノアの顔をまっすぐに見た。
「それなら、ぜひ……! よろしくお願いしますっ!」
こうして、エレノアの薬屋から一人の仲間が巣立つことになった。
でもそれは、もっと“おいしい薬”の広まる世界のためだ。
「よかったよ、話がうまくまとまって」
「レイモンド様!? い、いつから聞いてたんですか……」
「王都の思い出話をしだしたくらいかな」
「結構長く聞いていましたね!?」
盛り上がっていたところを見られていたみたいで、エレノアは赤面する。
それでも、二人を安心させるようによかったよかったと笑うレイモンドの姿は、エレノアの選択が間違っていなかったことを証明してくれているみたいで。
エレノアは、安心して少し顔をほころばせた。




