19.投資と勝機
エレノアではなく、一般の人々でもなく、牧場の職員たちのメリット。
尋ねられて口ごもるエレノアに、ジュードは言い募る。
「あぁいや、何も頭ごなしに否定したいわけではありません。ただ、投資にはやはり勝機が必要でしょう」
「勝機、ですか」
「はい。おそらくシグルド様はそれをあなたに感じたから、貸与証をお書きになった。しかし我々はまだ感じておりません。そしてタウロスの餌の加工は、シグルド様ではなく、我々が行う投資です」
ジュードの言いたいことはわかる。
エレノアだって、人のやりたいことのために意味もなく何時間も働かされたら、納得いかないと思う。
エレノアの脳裏に浮かぶのは、やはり故郷にいる仲間の顔だった。
みんなだってエレノアのわがままのために協力してくれる。
お金を払って雇っているから、だけじゃなくて、エレノアのしていることがいいことだって、信じてくれているから。
だからこそ、ただ薬屋のことや、薬草ビーフの構想を説明するだけではいけないと、直感的にわかった。
(インパクトのある話をして、心を掴まないと。流されてやるんじゃなくて、私自身がこの道を選んだんだから!)
息を吸い、エレノアは頭の中の言葉を整える。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ……誰でもおいしく食べられるタウロスを育てる、って言い換えたらどうでしょうか」
「ほう?」
ジュードは眉をひそめるが、エレノアは臆さず続ける。
「ここのタウロスは王都に運ばれて、食材になりますよね。でも王都には、体調の問題で牛肉を食べられない人がいるかもしれません。重い病気で食事制限をしていたり、免疫が弱くて動物性のものを食べるとお腹を壊してしまったり」
「あり得ますね。治癒魔法があるとはいえ、一朝一夕で治らぬ病もあるでしょう」
「そんな人たちにも食べられる……それどころかむしろ、薬になるかもしれない! この牧場の魅力が、今まで伝わっていなかったところまで伝わって、誰かを救うかもしれないんです!」
気づけばエレノアの声は大きくなって、上擦っていた。
今話したことは、エレノア自身の思う薬を作る意味でもある。
体が弱かったり何か事情があったりしても、ふつうにおいしいものを食べて、ふつうに過ごせる人が一人でも増えるように。
エレノアの願いが通じたように、ジュードは深く頷いた。
「……なるほど」
「ど、どうでしょうか。今ので説明になっていましたか?」
言い切ったはずがすぐ弱気になってしまう。
エレノアがおどおどと問いかけると、ジュードは詰めていた息を緩めて、笑った。
「ええ。納得しました。私の方から、皆に説明しておきましょう」
* * *
「……ありがとうございます、レイモンド様」
「何がだ?」
「前に、王都にも悩みがあるはずだ、って教えてくれましたよね。そのおかげで今日、うまく話せました」
あるとしたらどんな悩みか、エレノアはどうやってそれを救えるか。
落ち着いて考えられたおかげで、ジュードの問いに答えることができた。
レイモンドは照れくさそうに目を細めて、頭を掻く。
「何気なく言ったことだったけど、君の決断の助けになったならよかったよ」
「はい! いつも、何度も道を示していただいて……」
「大袈裟だよ。今日のも多分……いや、いいか」
レイモンドはチラリと背後の管理棟を振り返る。
先ほどジュードがエレノアに質問をふっかけたのは、おそらく本気ではなかっただろう。
彼らがどう感じようと、シグルド宰相が決めたことに異を唱えられるような権利はない。
渋々仕事をするか、気持ちよく仕事をするかの二択である。
レイモンドはそれに気がついていたが、うまく行ったのだから、掘り起こす必要もないと考えて口をつぐんだ。
「では、すみませんが最後にもう一導き……フェルノースまでの運転、お願いします」
「おう。任せとけ」
二人は何度目かの魔導車に乗り込み、旅の終わり、フェルノースへの帰郷を目指した。
* * *
フェルノースにつく頃には夕方だった。
ちょうど、仕事終わりの人々が街を行き交いはじめる時間。
とはいえ薬屋は一昨日から3日間、臨時休業中だ。
エレノアとレイモンドは裏口から建物に入り、バタバタと荷物を片付けていた。
「荷物2階でいいかー?」
「はい、階段登ってすぐに置いて……わあっ!?」
バックヤードに入るなり、エレノアは素っ頓狂な声をあげた。
窓から入る夕暮れの光だけがあたりを照らし、明かりはついていない。
その部屋の中に、人影があったのだ。
(何、泥棒……!? でも私、鍵を閉めて出たはず……)
一瞬肝が冷えたが、立ち上がったその人の姿を見てエレノアはホッと息をついた。
そこにいたのはデボラである。
「なんだ、デボラちゃんか。でもどうしたの?今日まで店はお休み……」
エレノアの声が萎む。
デボラは何か一大決心をしたような、覚悟の決まった真剣な顔で、汗を浮かべてエレノアの顔を見つめていたのだ。
何かある、と思って固まるエレノアに向けて、デボラは封筒を突きつけた。
「わ、私……すみません。お店、辞めたいです!!」
「え——」
突然の宣言。そして、手渡された封筒に書かれた『退職願』の文字。
思ってもみなかったそれが、帰郷直後のエレノアを前に、重く立ち塞がった。




