14.流行の終着点
「前にも来たが、改めて。“ベンディハウス”は王都イチの商業施設だ。一つの建物の中にあらゆるジャンルの名店が揃っていて、ここに来れば買えないものはないと言われるほどだ」
「このブレスレットを買っていただいたところですよね。でも前は宝飾店にまっすぐ向かったので、他のフロアは見ていませんでしたっけ」
魔導車の中。
窓から見える建物を指差して、レイモンドは説明する。
「ああ。あの宝飾店があった12階でもいくつか店はあったが、“ベンディハウス”の真髄はあんなものじゃない。高層階に行くほど店の格……つまり売ってるものの値段だな。それが上がって、店の数は少なくなっていく。建物が三角錐の形をしているのはそういうことだ」
「へぇ……ということは、低階層には……」
「安い店が大量! 庶民の味方でもあるんだ、ここは」
地下にある駐車場に魔導車を停めて、建物に入る。
魔法石のメッキがかかってキラキラ光る外壁と、ピラミッド型の建物は、周りのビル群と比べてもかなり異質だ。
しかし中に入ると、そこに広がるのはエレノアにとってそう珍しくない光景である。
(食べ物の匂いとお店の活気、それから興味深そうにきょろきょろするお客さんの姿。まさしくデパ地下……!)
右を見ればお惣菜、左を見ればスイーツ。
香ばしい匂いと甘い香りが、交互に鼻腔をくすぐる。
「以前来たフロアとは全然違いますね……わっ、すみません。この……人の活気もすごくて!」
「はは、はぐれるなよ。まずは昼食といこう」
レイモンドが指で示した先には、階下に続く魔導階段がある。こんなところまで前世と同じだ。
地下2階に向かうと、そこにはフードコートが広がっていた。
肉料理、魚料理、麺類、パンにジェラートまで。
量り売りであること、それからお米を使った料理がないことを除けば、ほとんど現代日本と変わらない。
きょろきょろと目移りしながら歩いていると、エレノアはあることに気がついた。
「閉まっているお店が多いですね。あそこも、ここもシャッターが降りてます」
「……こういうところだけはいただけないよな。“ベンディハウス”はテナント料がめちゃくちゃに高くて、よほど流行ってないと店を続けられないんだ。本当かはわからないが、厳しい売上目標があるって噂も聞く」
「ではシャッターが降りているお店は、休業日ってわけではなく、潰れたり撤退したばかりということでしょうか」
「多分な。数日もすればまた新しい店が入ってくるんだろうが……その頃にはまた、来月の家賃を払えなくて別の店がなくなるって繰り返しだ」
今日は平日だが、昼時だけあってフードコートは賑わっている。
家族連れ、カップル、学生、ひとりの人も。
上階のレストランが高価な分、ここで手軽に食事を済ませようとする買い物客も多いのだろう。
「たとえ厳しい世界でも、これだけの人が集まる場所だから出店したい、ということでしょうか……」
「ああ。それに“ベンディハウス”に出店することは、王都の商売人にとってはかなり名誉なことみたいだ。出したあと、多少無理をすることになるとしてもな」
「なるほど。店を構えることそれ自体が一種のゴールなんですね」
「まさしくそうだな。“流行の終着点”とか呼ばれることもあるくらいだ」
流行りの店が集まり、客の来なくなった店から潰れていく。
ここが王都の栄華の行き着く先であると、いつからかそう言われるようになったらしい。
レイモンドの言葉に、エレノアは改めて周囲を見渡す。
(これが、商売の一つのゴールのかたち。だとしたら……私の、薬屋のゴールってなんだろう)
苦い薬草を飲んで苦しむ人を減らしたい。そのために、おいしい薬を作りたい。
ただ作るだけじゃ意味がなくて、良さを広めなくてはいけない。
その過程で偶然、レイモンドに出会って。
彼が必要としてくれるからひたすらそれに応えていたら、気づけばこんなところまで来ていた。
(騎士団に薬を提供しつづけていれば、レイモンド様の希望は満たせる。私の当初の目標だって、多分それなりに叶っていく)
フェルノースではずいぶん薬というものが浸透してきたと思う。
王都ではまだまだこれからだけれど、ノイヤール侯爵のバックアップがあればやれないことはないだろう。
少なくとも騎士団の中では、これから薬が主流になっていくはずだ。
食うに困らない以上のお金もある。人にも恵まれている。
薬の研究のために新しい挑戦をすることもできるだろう。
よくわからないまま、昨日貴族から借り受けてしまった牧場もあるし。
(それは本当にどうしよう、だけど! それだけじゃなくて……考えないと。このまま流されて進んでいくのか、それが私のしたいことなのか)
エレノアが奇跡的に得た、二度目の人生。
今の日常が当たり前のものでないことを、今朝メメルの師匠と話して改めて実感した。
だからこそ、無駄にしないためにできることを、考えなくては——。
「エレノア? どうした、ぼうっとして」
「……はっ、はい! すみません、何を食べようか悩んでて!」
「ふっ。君はときどき誤魔化し方が下手だよな。……まあいい」
レイモンドの声で、はっと現実に引き戻される。
焦ってつい声がひっくり返ってしまった。
それに気づいたレイモンドは一度肩をすくめたあと、頼もしげにニカリと笑う。
「初めてじゃ悩んで当然だ。俺がこのフードコートの黄金コースをレクチャーしてやろう!」




