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おいしい薬の作りかた 〜近未来の魔法世界に転生したのに、なぜだかみんな薬草だけは生でかじってばかりです〜  作者: りっく
第3章 薬の秘密と王都の煌めく夜

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12.思い違い

 その夜。エレノアはレイモンドの案内で、王都の城下町にある市場を歩いていた。


 報告会が終わり、貴族二人の善意による猛攻から逃れて、エレノアが王城を出たのは14時ごろだった。

 それから昼食を買ってホテルに向かい、荷解きが終わる頃にはエレノアはどっと疲れていた。

 見かねたレイモンドが、夕飯に誘ってくれたのだ。

 

「……エレノア、まだ体が強張ってないか? そんなに疲れたか」

「何もわからないまま無料で牧場と薬草を渡されたんですよ? 体も固まります。私、失礼はなかったでしょうか」

「大丈夫だろ。あの人たち、もうそんなこと気にする段階にいないよ」


 確かにノイヤール侯爵もシグルド宰相も、身分のことなど一つも気にかける素振りはなかった。

 庶民であるエレノアに対しても、薬作りの腕を買って対等に接してくれる。


(だからこそプレッシャーなんだけどね。私はただ薬草を加工してるだけで、そんなにすごいことをしているつもりはないし)


 そもそもレイモンドだって騎士だ。身分の差はここにもある。

 生まれは同じ町で、同じ庶民でも、そこから積み上げた努力の質が違うのだから。


「それに、今も緊張してますよ。レイモンド様は突然高級店に連れて行ってくださったりするので!」

「え? あー、たしかに、前はそうだったか。今日は高級店ではないよ。流行りの店ではあるが」


 レイモンドの言葉通り、行き着いたのは大衆酒場だった。

 メニューに書いてある値段を見てエレノアはホッとしたのも束の間、席に通されて周りを見ると、隣もまたその隣もカップルが並んでいる。


「これはこれで緊張するんですけど……」

「はは、悪い。評判を聞いて気になってたんだが、一人じゃ来づらくてな」


 レイモンドはわかっていて連れてきたらしい。

 エレノアが背中を丸めて居心地悪そうにしていると、レイモンドはメニューを指し示した。


「怒らないでくれ。ここ、新鮮な魚料理が名物なんだ。だから連れてきたくて。いくら魔導輸送が速いとはいえ、フェルノースじゃ魚はどうしても冷凍とか干物だろ?」

「そ、それは……かなり、魅力的です」

「だろ?」

 

 得意げにレイモンドは笑う。

 メニューに並ぶのは、新鮮な刺身に焼き魚にフライ。

 ちょうど昼間にみ(・)か(・)ん(・)ブ(・)リ(・)のことを考えていたのもあって、エレノアのお腹は堪えきれずくうと鳴った。


 

「こんなおいしいお魚、久しぶりでした。いや、初めてかも……」


 ……今世では。

 

 レイモンドの言うとおり、フェルノースでは新鮮な魚にありつけない。

 前世には当たり前にあったスーパーのお刺身も冷凍食品の魚フライも回転寿司も、この世界にはないのだから。



 食事を終え、満たされた気分のエレノアを、レイモンドは満足げにニコニコして見つめる。

 二人とも少しお酒も飲んで、ほろ酔いのいい気分だ。

 あとは眠るだけだが、ホテルはレイモンドの自宅からそう離れていないらしく、送ってもらうことになった。

 

「そういえば、レイモンド様って何型なんですか?」

「おれは波形だな。だからデボラとロランの薬のほうがよく効くはずだ。非常に悔しいがな」

「……そうですか」


 意外な答えに、エレノアは目を丸くする。

 何かまずいことを言ったと思ったのか、レイモンドは慌てたように眉をひそめた。

 

「どうした?」

「いえ、私の薬に感激していただいてたので、てっきり同じ舟か、鉾かと……」

「あぁ、そういうことか。確かに、エレノアの薬以上に効くことなんてありそうにないが……まだデボラたちの薬を使ったことないからな。試してみるよ」

「はい、ぜひ。報告待っています」


 ホテルに到着し、エレノアがロビーに預けていた鍵を受け取るのを見届けてから、レイモンドは踵を返した。

 片手をあげて、軽やかに振る。

 

「それじゃ、また明日。明日こそちゃんと王都観光をしよう」

「はい、ぜひ!」


 笑顔でエレノアも手を振り返す。

 こうして、王都の旅1日目が終わった。


 そして翌朝。

 ホテルのロビーに降りると、すでにそこではレイモンドが、神妙な顔つきでエレノアを待っていた。

 

「……すごく言いにくい報告があるんだが…………」

「なんでしょう……?」


 嫌な前置きに、エレノアはおずおず尋ねた。

 するとレイモンドは、着ていた長袖の服をまくって見せる。

 そこには、転んでできたような擦り傷の痕が残っていた。


「昨日、あのあとほろ酔いで人助けをしてたら怪我しちまって」

「ええっ。大丈夫でしたか?」

「ああ。それでちょうどいいから薬を試したんだ。黄色の袋がデボラたちのだろ? それで、今がこれ」


 薬を飲んで一晩眠ってもまだカサブタが残っているということは、相当大きな傷だったのだろう。

 心配すると同時に、エレノアは眉をひそめる。


「前に私の薬を使ったときは、もっと効きが早かったですよね……?」

「やっぱりそうだよな? 俺もそう思う。俺の魔素型の診断が間違ってたのか? それとも、エレノアたちの説が——」


 レイモンドも同じことを感じていたらしい。

 だから言いにくい報告と言ったのだ。

 エレノアは顎に手を当て、じっと考え込む。

 

「工房の人たちの協力があったとはいえ、人の主観をアンケートで集めただけの調査結果なので。間違っていたり個人差があったりする可能性は大いにあります。で、でもだとしたら、私えらそうに昨日、皆さんに説明しちゃいましたね……!?」

「調べてみてもいいか? 今日も観光の予定が潰れることになるが——」

「もちろんです、ぜひお願いします! でも魔素型のこと、どうやって……」

「心当たりはあるんだ。一緒に来てくれ」


 騎士団の人々に、薬の効き目について説明してしまったばかりだ。

 もし間違っていたなら信用に関わるし、フェルノースに戻る前にきちんとタネを明かして、説明して帰りたい。

 エレノアはレイモンドに促されるまま、彼の運転する魔導車に乗り込んだ。


 

 車で走ること1時間ほど。王都を出た二人が向かったのは、南東の森の奥。

 ツタが絡みつく洋館の前に、レイモンドは魔導車を止めた。

 排気音で来客に気がついたのか、洋館の重たそうな扉は中から音もなく開いた。


「……? どうしたの、昨日の今日で」

「メメルさん!?」


 不思議そうな顔をして出てきたのはメメルだ。

 エレノアは目を丸くする。この旅ではよく彼女と会うらしい。


「魔素型のことで相談があってな。師匠に会いにきたんだ」

「なるほど。ちょうど暇してる、入って」


 レイモンドはメメルに会いにきたのではなく、彼女の師匠に会いにきたらしい。

 エレノアもおっかなびっくりしながら、洋館に足を踏み入れる。

 

 玄関を通り抜けるなり、奥の部屋からひょこりと顔を出したのは、シワシワでヨボヨボのお爺さんだった。

 ただの老人ではない。どこが顔なのかわからないレベルのシワシワだ。

 

「ひっ」

「こちら、わたしの師匠。名前はすごく長いから師匠で大丈夫」

「……し、師匠、さん。よろしくお願いします。すみません悲鳴あげて」

「ふしし。気にせずともよい。そいで、魔素型の検査じゃな」


 話すと口の場所がわかるおかげで、なんとなく顔もどこかわかった。

 そして師匠は、ただでさえシワだらけの顔をさらに顔をくしゃりと歪めて、まだメメルにしか説明していない要件を言い当ててみせた。

 外でした会話が聞こえていたのか、何か共有する方法があるのか。

 当たり前に魔道書らしき分厚い本を広げはじめた師匠に、エレノアは驚く。


「できるんですか? 魔素型検査!」

「それで一財築いとるでの。騎士団の検査も昔はようやったのぉ……」

「その節はどうも。600人近い一斉検査を1日で終わらせた、すげー魔法士なんだぜ」

「へぇ……!」


 メメルの師匠と言うから、てっきり防衛魔法の専門家なのかと思ったが。

 それだけでなく、他にもいろいろできるらしい。

 魔道書をぺらぺらめくった師匠は、レイモンドの立ち位置を指で指し示した。

 そして素人には判別できない何かの呪文を唱えると、あっという間に魔道書の上の魔法陣がレイモンドを包む。


「ふむ。ほう、これは——」


 レイモンドの眼前に、淡い緑色の光が浮かび上がる。

 その瞬間、何かおもしろいものを見たように、師匠はギラリとした笑みを浮かべた。

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