11.貴族に気をつけろ
「それで、どうだったかな。今の報告を聞いて君の所見は?」
シグルド宰相とアルフレッド、メメルに続いて、ノイヤール侯爵もエレノアの元へやってくる。
報告会の途中もたびたび目が合ったので、彼がエレノアの反応を気にかけていたのは明白だ。
きっと、王都では珍しい“被災者”としての意見を聞かれているのだろう。
「ええと、薬草ビーフ……じゃなかった、フェルノースの竜災の直前、確か近くで家畜の病が流行って。それも関係あるかも、と思ったんですけど、幼い頃なので記憶が曖昧で。フェルノースの神殿に行けばわかると思うんですけど」
「薬草ビーフ?」
「あっそれは忘れて——」
直前まで薬草を食べさせて育てた家畜のことを考えていたから、余計なことを口走ってしまった。
ノイヤール侯爵が耳聡く言葉を拾うと、宰相も目を輝かせた。
「わかるぞ、エレノア女史!さすが我が愚息の窮地を救った敏腕薬師だ。先ほどの話を聞いて、人間も食物越しに薬草の効果を得ることはできるのか?と気になったのだろう?」
「ほう……詳しく聞こうか」
「い、いえ宰相様の言葉通りで。故郷、いええっと、友人の故郷で、柑橘系の飼料だけを与えて育てた魚の身が、ちょっとフルーティーな味になるっていうのがあって……」
前世の記憶だとバレないように誤魔化しながら話す。
「もしかしたら、薬草だけ食べて育った家畜がいれば、食から健康に寄与できるのではと……でも薬草も安くないので、実用化できるかはわかりません。私がお金持ちなら試していたかなと、さっきまで考えていて——」
言い終わらないうちに、エレノアは自分が失言したことに気がついた。
貴族二人が示し合わせたように、こちらに身を乗り出したからだ。
お金持ちなら試していた、と言ってしまったが、今まさにエレノアの目の前にいるのは本物のお金持ち。
それもこの国の貴族はただの特権階級ではない。
貴族として生き残れている時点で、誰もがみな優れた嗅覚を持つ実業家なのだ。
(そんな人たちの前で偉そうに妄想語っちゃった……。鼻で笑われるか、最悪の場合調子に乗るなって怒られるんじゃ……)
悪い想像に、エレノアは顔を青ざめさせる。
しかしそんな杞憂をよそに、シグルド宰相は腕を組んでチラリと後ろを見た。
「アルフレッド。うちの牧場、今はどんな状況だ?」
「え?」
「レイモンド。薬を契約したことで不必要になった薬草の貯蔵が保管庫にどのくらいあったかな」
「……えぇ??」
ノイヤール宰相も笑みを深めて、レイモンドに確認をとる。
二人が何の話をしているのかさっぱり分からず、エレノアだけが間抜けな声を上げた。
「今のはエレノアが悪いぞ」
「俺もそう思うー」
「な、何がですか!?」
レイモンドとアルフレッドにまで、きっぱり言われる。
詳しい説明はないまま、二人はそれぞれ自分の手帳や携帯端末を開き、何やら確認しはじめた。
「タウロス50頭を飼っている離れ近くの牧場なら、このままいけそうだけど。貸与証出す?」
「おお、あそこは騎士団の基地に近いしちょうど良いな。私の名前で貸与を」
「はーい」
アルフレッドが手持ちのスマホサイズの電子端末を操作すると、レシートのように薄い紙がそこから出てきた。
目を白黒させるエレノアをよそに、レイモンドとノイヤール侯爵も話を進める。
「薬草、10kg袋が100個……つまり1トンが半年後廃棄で余ってますね。それ以上も出そうと思えば出せますよ。牛の餌になるにしろ薬になるにしろ、エレノアに卸すのは悪くないと思いますが」
「ふむ。未来への投資だ、卸すなんてケチなこと言わずに全て無償で提供しよう」
「……庶民には、タダより怖いものはないんですけどね」
「我々にだってそうさ。でも、今回はタダで終わらせるつもりはないよ?」
ノイヤール侯爵の視線がエレノアを射抜く。
目が合って思わずエレノアはすがるように尋ねた。
「さ、さっきから全然話が読めないんですけど……! みなさん、何の話をしているんですか!?」
「何って……君の挑戦を応援しているんだ。おいしい薬草ビーフができたら、ぜひ我々に振る舞ってくれたまえ」
「え——」
まずはシグルド宰相。アルフレッドが出力した紙にサインを書き加えて、彼はエレノアに手渡した。
そこには『貸与証』とあり、今日の日付と3年後の日付、それから知らない場所の住所が書かれている。
「ここに我がアースランド家の牧場がある。タウロスが50頭いるそうだから、従業員ごと君に貸してやろう。何、死にかけたアルフレッドを助けたという薬の礼だ」
「はい……はい?」
「適当に3年に設定したが、用が済んだら返してくれてかまわない。もちろん延長も歓迎だよ」
有無を言わさず、エレノアは手に貸与証を握らせられる。
助けを求めてレイモンドの方を見るが、彼もまた一枚の紙を差し出した。
今度は何かの送り状だ。
「で、騎士団からは余ってる薬草1トン。廃棄期限は6ヶ月後だが、送り先は店とその牧場どっちにする?」
「え……そ、そんなの店に置くところ、ないですよ!? 仕入れ先も決めちゃったし……」
「じゃあ牧場だな。その住所を書き写しておいてくれ」
レイモンドの後ろで、ノイヤール侯爵も満足そうに頷いている。
エレノアがオロオロしている間に、どうやら牛に似た家畜・タウロスを50頭に、それを育てる牧場に人手、そして餌となる薬草。
全て用意されてしまったらしい。
「ま、待ってください! こんなの受け取れません……!」
「? どうしてだ? ああ、もちろん失敗したとしても、金を払えなんて我々は言わないぞ?」
「そういう問題ではなく……!」
「まぁまぁ。やるだけやってみなさい。では、私たちは次の仕事があるから」
あとよろしくー、と軽やかなノイヤール侯爵の声が残される。
二人は颯爽と大会議室を出て行った。他にたくさんいた人たちも、気づけばもう誰もいない。
残されたエレノアは呆然と、二人の背中を見つめることしかできなかった。
(今、何が起こったの……?)
狐につままれたような気分だが、レイモンドとアルフレッドはやりきった表情だ。
一人、苦い顔をしたメメルだけが、深く頷いてつぶやいた。
「貴族に巻き込まれると、こうなる……。ドンマイ、エリー」




