10.意外な関係性
心臓が高鳴って息が上がる。
目の前にそびえるのは、アニメの中から飛び出してきたような大きなお城。
太陽の光を反射してキラキラ輝く魔法石の壁を前に、エレノアは身震いしていた。
「ほら、エレノア。そろそろ行くぞ? 会議に遅刻しちまう」
「うっ……は、はい。でも……本当にこんな格好で大丈夫なんでしょうか? もちろん綺麗めの服を着てきましたけど、ここは王城で……」
エレノアが身につけているのは普通のブラウスにスカート。髪だって後ろで一つにまとめただけだ。
到底、王城なんて来る格好ではない。
「大丈夫だよ。どういうのを想像してるのかわからないが……王城には思ってるより多くの人が出入りするんだ。服装なんて泥がついてなきゃそれでいい」
「わ、わかりました。信じますからね」
レイモンドにせっつかれて、なんとかエレノアは王城の門をくぐる。
虹色に光る魔法石のアーチを抜けた先には、真っ白な壁に囲まれた廊下が続いていた。
そして、その廊下を行き交う人々の姿を見て、エレノアは目を丸くする。
(あ……あれ? なんか思ったより、普通かも?)
過ごしやすそうなワンピースを着た女性に、暖かそうなセーターとスラックスを合わせたスタイリッシュな男性。
エレノアが想像する王侯貴族らしい布の多い服を身につけている人など一人もいない。
彼らの装いを一言で形容するなら、“オフィスカジュアル”という言葉がピッタリだろう。
(王城って聞いて身構えちゃってたけど、この世界に暮らす人にとってはただの職場なんだ。綺麗めのオフィスって感じ)
途端に親近感が湧いて、エレノアは安堵の息を吐く。
レイモンドがしたり顔で「だろ?」と短く勝ち誇るように言った。
長机がいくつも並ぶ、大会議室。
エレノアとレイモンドは滑り込むようにいちばん後ろの席に座った。
ノイヤール侯爵は最前の席で、分厚い資料を片手に口を開く。
マントについたふわふわのファーと金の紐が、キラキラ光って揺れていた。
(最前列はえらい人の席みたいだけど……それでも、ノイヤール侯爵みたいな服装の方がずっと浮いてるかも。ふつうの服で来てよかった)
「エレノア? 会議、始まるぜ」
「あっ、はい!」
エレノアは姿勢を正して、報告会に意識を集中させた。
「——……報告は以上。今後、騎士団では竜の巣の捜索を進め、国防技術部の協力でモニター体制を整える予定だ。各位、協力を依頼した際はよろしく頼む」
報告会で話題に上がったのは、エレノアも知っている内容だった。
飛竜の子どもが、巣で傷ついた体を休めていたこと。親竜たちが薬草に反応したこと。応戦した騎士だけではなく、治癒師たちも攻撃を受けたこと。
しかし、そこから導かれた仮説だけは、エレノアでは思いつかなかったことだった。
(『飛竜は肉食獣だが、草食の生物を食べることで薬草の治癒成分を体内に蓄積している可能性がある』——それって、飛竜だけの代謝なのかな。もしかして、人間も?)
エレノアの興味を引いたのはそこだ。本題とは少しずれているが。
もし人間にも同じことができるなら、薬草だけを食べさせて育てた家畜は薬になるかもしれない。
前世で、餌に柑橘類を混ぜて育てられた、甘酸っぱいブランド魚を食べたことがある。
あれと同じようなことが、薬草でできるなら。
「料理はデボラちゃんにしてもらって……全部が薬の、おいしい健康御膳を作れる……ふふ、うふふ……」
「……どうした?」
隣の席のレイモンドが困惑している。
しかしエレノアは頬が緩むのを抑えられなかった。
そんなとき、二人の頭上に影がさす。
「君が話題の薬師だな。役人である前に一人の親として、君に感謝を伝えたい」
「へっ!?」
エレノアはガタリと椅子を鳴らして立ち上がる。
目の前にいたのは恰幅のいい茶髪の男性だ。歳はエレノアの父より少し上だろうか。
最前列、ノイヤール侯爵の隣に座っていたのを見たから、きっと偉い人だ。
それがどうして、エレノアに向かってお礼を言い、頭を下げているのだろう。
「えっ、いえ……!そんな頭を下げられるようなことはっ」
「……宰相どの。エリーが困っている」
助け舟を出すような言葉が、男性のさらに後ろから聞こえる。
“宰相”と呼びながらも無遠慮に男性を押し除けて顔を見せたのは、前に遠征で一緒に過ごした魔法士、メメルだった。
「メメルさん! お久しぶりです!」
「うん。久しぶり」
懐かしい顔にエレノアはホッとする。
しかし同時に、なぜここに彼女が現れたのかわからず、首を傾げた。
「あぁ、すまない、気持ちが先走ってしまった。忠告感謝するぞ、メメル」
「……え? もしかしてメメルさんって」
宰相と呼ばれた男性はさっき、「一人の親として」と言った。
前の遠征にいた誰かの父親なのだろう。
そして、隣にはメメルがいる。
エレノアは勘繰るが、メメルはあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「わたしの親ではない。宰相どの……シグルド様はアルフレッドの父親」
「まぁそう言わずに、お義父さんと呼んでくれてかまわんのだぞ?」
「……口が裂けても、呼ばない」
(おとうさん? 娘じゃないなら、どうしてメメルさんが……?)
慣れた様子の二人の会話に、エレノアはひとり置いてけぼりにされる。
しかし言われてみれば、シグルド宰相の茶色い髪と優しげな面持ちは、アルフレッドによく似ていた。
遠征に一緒に行っただけでは知り得ない新事実に驚いていると、ちょうどアルフレッドが後ろから顔を出す。
「あ、こら父さん。どうせエレノアに絡んでびっくりさせたんだろ。身分を弁えてね」
「……そっくりそのままこっちのセリフ」
メメルは文句を言いつつ、すすっとアルフレッドの隣から離れる。
その姿を目で追うアルフレッドの視線には、柔らかな熱がこもっていた。
エレノアの脳内で、点と点が線でつながる。
「……ええっ!? つまり、アルフレッド様の言っていたなかなか振り向いてくれない想い人とはメメルさんのことで、お父様である宰相様も公認の絶賛アタック中ってことですか!?」
エレノアの声が会議室に響く。そして数秒、沈黙が降りた。
「クッ……はは、全部言ったな……」
レイモンドのこらえきれない笑い声だけが、背後から漏れ聞こえてきた。




