9.騎士団総勢583名
王都に向かうのはレイモンドの運転だ。
目的地は、以前一度表彰のために訪れたこともある、騎士団の基地である。
「昨日のうちに話は通してある。朝礼のときに話を振るから、薬の使い方や魔素型のことをサクッと説明してくれると助かるよ」
「は、はい。がんばります……!」
基地に到着し、エレノアは神妙な面持ちで魔導車を降りた。
「お、レイモンドじゃないか。もしやそちらが例の?」
「はい。薬師のエレノアです。朝礼で少し薬の説明をと思いまして」
「歓迎するよ。今日の朝礼は、第5班が遠征中で不在。それ以外は揃う予定だ。全体連絡にはもってこいの日だな」
「よっ、よろしくお願いします……!」
出迎えてくれた屈強な男性は、レイモンドよりずっと年上に見える。
緊張で声を上擦らせながら、エレノアは握手に応えた。
「では、俺は騎士どもを集めてくる。先に集会場に出ていてくれ」
「はい。また後ほど」
男はそう言って近くの建物の中に入っていった。
レイモンドが足を向けるのはそれとは反対、建物の何もないグラウンドの方だ。
エレノアはレイモンドのあとに続きながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「騎士団って、班に分かれているんですね。レイモンド様は何班なんですか?」
「俺は9班だよ。1から3班が近衛騎士と言って王都の中の治安を守る。4から6は調査遠征、7から9は討伐遠征……とか、役割ごとに番号が分かれているんだ」
「なるほど。遠征のときのようなチームが9班もあるってことですね。ならかなりの大所帯……」
言いかけたところで、レイモンドは肩をすくめて首を振った。
首を傾げつつ言葉を止めたエレノアに、苦笑混じりに彼は告げる。
「前の遠征には、第9班の半分しか行ってないよ。それに、班は全部で15まである」
「え。……えっ、じゃあ騎士団って全部で何人——」
「騎士団総勢、583名。これから君の薬に救われるだろう人の人数だ。覚えておいてやってくれ」
思ったより大きな数字が飛び出してきて、エレノアは絶句する。
レイモンドはそんなエレノアをちらりと振り返って、楽しそうにからから笑った。
青空の下、茶色い地面が剥き出しになった、だだっ広い集会場。
その中心にある木のやぐらに登って、エレノアとレイモンドは朝礼が始まるのを待っていた。
「お、来た来た。俺がやるのを見てればわかると思うが、ここにあるマイクに向かって話せば声が周りに届くから」
「はい。わぁ、皆さん足並み揃えて……」
兵舎から出てきた騎士たちは、美しい行進でグラウンドに出てきて、整然と並ぶ。
この国を支える騎士たち——いない班もあると聞いたが、それでも500人余りの屈強な騎士が揃うと、その存在感と気迫はひとしおだった。
それを見下ろして、エレノアは身震いする。
(覚悟してたけどやっぱり、人が多いっ! 緊張する……けど大丈夫、台本は車の中で考えてきたし、さっき下読みもした!)
レイモンドがマイクの前に立ち、朗々と話しはじめる。
軽い報告をサクっと終えたあと、レイモンドはエレノアを手招きした。
「続いて、来月から実装の薬について。製作者である薬師・エレノアより性質と用途について説明してもらう。エレノア、よろしく」
「はいっ。ただいまご紹介に預かりました、フェルノースで薬屋を営んでいます、エレノアと申します」
上擦った声がマイクに乗って、あたりに響いた。
エレノアは薬についての説明を始める。
用途は、日頃から扱っている薬草と変わらない。
でもこの国の人々にとって、薬は初めて見るもの。
きちんと説明して、理解しておいてもらわないと、いざというとき活用できないかもしれない。
それに、飲む人の魔素型によって効き目が変わるという、大きな特徴もある。
「——ご自身の魔素型に応じて、合う方のパッケージの色を選んでいただければと思います。もちろん、違う方を飲んでも体に害はないので、緊急時は分け合ってもかまいません」
手帳に走り書きしたメモを見ながら、説明を終える。
最後にエレノアはしずしずと頭を下げた。
「以前、第9班の遠征に同行させていただき、その経験をいかした薬です。みなさんのお力になれれば幸いです」
騎士たちがザッと足を鳴らし、敬礼を向けてくれたのがわかった。
無事に終わった、と思うと同時に体から力が抜ける。
震える手足をなんとか動かして、マイクの前から数歩下がった。
「ふっ、手と足が同時に出てるぞ」
「は、はぁ、緊張しました……わたし、変なこと言っていませんでしたか?」
「おつかれ。よくしゃべれてたぜ」
後ろで見守っていたレイモンドが、ぽんと肩を叩く。
そして入れ替わりにマイクの前へと戻り、また朝礼の司会を再開した。
「ありがとうございました。ちなみに何を隠そう、エレノアを騎士団に売り込んだのはこのレイモンドです。何か薬の使用について質問があれば、まずは俺まで。それから——」
騎士団の連絡事項や共有事項が話されていく。
エレノアはそれを右から左に聞き流しながら、まだドキドキ鳴る心臓をなだめた。
朝礼が終わりやぐらを降りると、下ではノイヤール侯爵がエレノアたちを待ち構えていた。
「エレノアよ、このたびは協力に感謝する。スムーズな契約締結ができて助かった。こうして誠実な説明をしにきてくれたのも、騎士たちの印象に残るだろう。薬を使ってみようと前向きに思ったものは多いはずだ」
「恐縮です……」
侯爵の周りにはいつも大量の騎士たちが威圧感たっぷりに控えている。
それにビクビクしながら、エレノアは会釈を返した。
するとノイヤール侯爵は、エレノアをなだめるようににこやかに提案する。
「ところで。このあと、夏期第9班甲組遠征——以前、君が同行してくれた遠征の後日報告会があるんだ。よければ同席しないか?」
「え。え?私が、ですか……?」
「うむ。飛竜にまつわる調査結果が、多数報告される予定でね。竜災を二度経験したことになる君にも、ぜひ聞いていてもらいたいと思う。……同じ条件のレイモンドより、ずっと聡明そうだからね?」
予想外の誘いに目を白黒させるエレノアに向かって、ノイヤール侯爵はお茶目に白い歯を見せて笑った。
話の流れでなぜか貶されたレイモンドは低く抗議の声をあげる。
「侯爵殿? ……しかしまぁ、俺からも勧めるよ。面白い話が聞けると思うぜ」
エレノアはさらに目を丸くする。
エレノアが王都の、貴族という存在に慣れていないことはレイモンドもわかっているはず。
てっきり断る口実をくれるかと思ったのに、彼にまで後押しされてしまった。
「……で、ではぜひ……」
エレノアは断れず、小さく頷く。
満足そうに顔を見合わせ、頷きあうノイヤール侯爵とレイモンドを見て、エレノアは心底不思議に思った。
(飛竜のことで、私が聞いておいた方がいいことなんてあるのかな。いったいどんな話をするんだろう……?)
「会議は王城で行なわれる。レイモンド、運転を頼めるかい」
「勿論です」
「えっ……王城? わ、私こんな格好で大丈夫でしょうか!?」
「平気だよ。ピシッと背筋を伸ばしていれば案外大丈夫。行けば雰囲気もわかるさ」
軽やかに車に乗り込む二人に、エレノアは慌ててついていく。
事もなげに流すノイヤール侯爵の言葉は、ちっとも信用ならなかった。




