6.自慢の店長
敏腕受付嬢のキャシーを引き抜いたことで、薬屋の経営はずっと楽になった。
店番はもちろん、在庫の管理や収支の勘定まで、事務的な作業は1ヶ月ほどで全てものにしてしまった。
キャシーが店に来てくれる日は、他の従業員は薬作りに専念できる。
それどころか、どれくらい薬を作れば店の在庫が安定するかまで予測して伝えてくれるので、エレノアはほとんど頭を使わなくていい日々を送った。
そうして、ちょうどキャシーを含めた新体制が回りはじめた頃。
だんだん肌寒くなり、フェルノースの山々は赤く染まりきっている。
朝から商業ギルドで必要な手続きをまとめて済ませたエレノアは、夕方にやっと店に戻ってきた。
(あれ、手紙来てる。朝は何もなかったけど……)
郵便受けに入っていた封筒をとって店に入ると、デボラとキャシーがそれぞれ作業をしていた。
レジカウンターの中に座っていたキャシーが顔を上げる。
「おかえりなさいー。ギルド長、怒ってませんでしたかー」
「ちょっとだけ。でも驚きました、キャシーさん、商業ギルドで働きはじめたきっかけも引き抜きだったんですね」
「はい、よく引き抜いてくる親子ですねー。それで、薬草の手配はできそうですかー?」
「うっ……は、はい。仕入れはバッチリです!」
父はあくまでも今世での父だが、他人から見ればしっかり似たもの親子らしい。
きっと育った環境がそうさせるのだ。
皮肉めいたキャシーの言葉に目を逸らしたそのとき、デボラが不思議そうにエレノアの手元を覗き込む。
「それは?」
「あ、そうそう。今ちょうど届いてたの。差出人の欄を見るに多分……」
内心、デボラの助け舟に感謝しつつ、エレノアは封筒を開けた。
差出人は、騎士団の責任者・ノイヤール侯爵。
その中身はエレノアの想像通りのものだった。
「やっぱり。騎士団から、正式な契約書と発注票が届いたみたい。今月末までに王都に届くように1000袋、それから10日ごとに数の指定されたスケジュールが書いてあるけど……」
「10日ごとに作っては送り、作っては送りを繰り返すってことですか? 休まりませんね」
「使用期限があるからしかたないんだけどね。そこも研究の余地だなぁ」
ちょうど客足が途絶えていたのをいいことに、その場でエレノアは書類を広げる。
発注票を手に取って読みはじめると、デボラも横からそれを覗き込んだ。
「時期によってかなり発注数にばらつきがあるんですね」
「そうだね。遠征が多い時期と少ない時期で違いがあるのかも。薬を携帯したいのって、やっぱり遠征のときが多いと思うから」
「なるほど。それにしても、この週なんて、10日で4000袋も作らないといけませんよ?」
「……おっきい鍋とコンロ、買おうか……」
そこに書かれた2ヶ月分の納品スケジュールが、そのままエレノアたちの忙しさを表す数値のようなものだ。
唸る二人に、店番をしていたはずのキャシーが声をかける。
「しかし、破格の契約条件ですねー。店長、どれだけ活躍したんですー?」
「え、そうなの?」
「王都まで商品を運ぶ輸送費、保管して使用期限もチェックする管理費、広告費や販売店の手配……全部向こう持ちなだけでもすごいのにそのうえ、報酬先払いですよー。売れても売れなくても騎士団の責任で、この店の損失はなしー……なんて、怖いくらいですねー?」
「怖いの!?」
キャシーの手の中には契約書がある。
今回の取引の条件が細かく記されたものだ。
レイモンドから事前に聞いていた話では、薬を本来の7割の値段で売ることになっていたはずだ。
たくさん買ってもらえるから割引する、くらいにしか考えていなかったけれど、本当はもっと割引した方がよかったのだろうか。
ぽかんとするエレノアに、キャシーは簡潔に説明する。
「騎士団の中で使われる分はともかく、王都で売る分は売れ残る可能性がありますよねー。その分は、ふつう支払われなかったり、返送されて返金を求められたりすることが多いんですー。でもさすが騎士団、そんなみみっちいことはしないようですねー」
「な、なるほど……それって何か裏があったりする、ってこと?」
「いえ、この契約書は完璧ですー。スキャンダルにもなりたくないでしょうし、変なことはしないかとー。というか、むしろー……」
キャシーは手をあごに当てて、コテンと首を傾げる。
いつも変わらない受付スマイルを浮かべ、淡々としている彼女にしてはずいぶんかわいらしい、お茶目な仕草だ。
「騎士団の方々、店長を囲い込もうとしてますねー?」
「えっ」
「おおっ」
エレノアは間抜けな悲鳴をあげたが、隣でデボラは歓声を上げる。
ずしんとプレッシャーがのしかかってくる感覚に襲われるエレノアをよそに、デボラは上機嫌な声音でキャシーの手を取った。
「うちの店長はやっぱりすごいんですねっ、キャシーさん!」
「はい、すごいですよー」
「そ、そうかな〜……? そんなこと、ないけどな〜……??」
息を合わせて褒めてくる二人を前に、エレノアは強張った笑みを浮かべるのだった。




