5.パクリ、引き抜き
一度約束してしまったら、あとは突き進むしかない。
エレノアは着々と、薬の卸売を始める準備を進めた。
一つは、薬の解説書とパッケージの準備だ。
幸いなことに、騎士団では全員一律で、入団時に魔素型の検査をしているらしい。
魔法の効き目が魔素型によって変わるという迷信が流行ったときの名残だそうだが、薬の効果が変わるのは少なくとも迷信ではなさそうなので、都合がいい。
誰もが自分の魔素型を知っているのなら、「〇〇型の人はこちらを」と伝えればいいだけだ。
しかし、騎士団との——ノイヤール侯爵との契約はそれだけではない。
王都での一般市民への流通も、将来的に任せることになるかもしれないのだ。
エレノアのように、自分の魔素型を調べたことのない人も大勢いるだろう。
(相性の悪い薬を飲むのが絶対ダメってわけではないし、詳しい説明はパッケージからは省いて。魔素型がわからない人も2種類、試せるように……)
当たり前に通用する概念ではない以上、深掘りはしないことにした。
人々に周知することで明らかになる、魔素型のヒミツなんかもあるのかもしれないが……今のエレノアが気にするべきところではない。
エレノアがやりたいのは、あくまで“おいしい薬”の開発と普及だ。
パッケージに載せられる情報も多くないし。
パッケージに使う色分けには、回復や食事のイメージがある色として緑と黄色を選んだ。
エレノアが作った薬は緑、デボラとロランが作った薬は黄色。
それぞれロゴの色を変えて、わかりやすく区別する。
ロゴや文字の配置は、エレノアの記憶の中だけにある前世の市販薬のものを丸パクリした。
「これで薬の構想は完成! 細かいところは、いろんな人に目を通してもらうとして……あとはもうひとつ」
やらなければならないことがある。
レイモンドに言われた、店の従業員のことだ。
売上は悪くないし、遠征の同行報酬ももらった。
つまり資金は潤沢だ。
エレノアはある目星をつけていた。
向かうのはデボラやロランを雇ったときと同じ、商業ギルド。
しかし今回は、求人を出したり面接をしたりするつもりはない。
今日の目的は引き抜きだ。
「お父上に会いに来られたのです? きっと喜ばれますが今はすこし、お取り込み中のようで——」
「わかりました。その方が都合が……いえ、なんでもありません」
都合がいいなんて言ったら怪しまれるところだ。
滑りかけた口をなんとか閉ざして、エレノアは商業ギルドの受付に向かう。
父に会いにきたわけでもない。
今日の目的はまさに、その受付にいる人だ。
「エレノアさん、どうもー。今日はどうされましたー」
「こんにちは、キャシーさん。少し伺いたいんですけど……」
「はいー」
どこか気の抜ける、まったりとした受け答え。
エレノアの方に向けられた傾聴の姿勢と視線。
穏やかに見えて、カウンターの向こうでは、どんな問い合わせでも答えられるようマニュアルを探す手が素早く動いている。
受付嬢キャシー——彼女こそが、エレノアの見つけた新たな従業員候補だった。
「キャシーさん、ギルドをやめてうちで働きませんか?」
「はいー!?」
* * *
「……というわけで、新しく働きにきてくれることになりました、キャシーさんです。二人にはしばらく薬作りをがんばってほしいので、その分キャシーさんに接客やお店の事務作業をまるっとお任せできればと!」
「3倍、いえ4倍……破格でした……」
商業ギルドのお給料事情はともかく。
エレノアがかなり気合いの入った金額を提示したのは事実だ。
最初は驚き戸惑っていたキャシーだが、だんだん断る理由をなくしていった。
そしてなんとかエレノアの誘いに乗ってくれたのだった。
「て、店長、ギルド長さまに怒られませんかね?」
「大丈夫、大丈夫。むしろ娘が商魂たくましく育って喜んでるはず!」
「あ、それ正解ですー。退職を伝えた際、『さすが俺の娘! してやられたな!』とおっしゃってましたー」
「ええ……」
デボラは眉を下げ、ロランは苦笑する。
生ぬるい空気が薬屋の中を漂った。
「……と、とにかく! これで騎士団との契約を遂行する為の条件はばっちり整いました。みんな、改めてよろしくね!」
「よろしくお願いしますー」
こうして、締まらない雰囲気ながら、新しいメンバーを加えた薬屋は、王都進出を目指して動きはじめたのだった。




