4.王都行きの約束
「なるほどな。確かに、薬のテストっていうのか? 効き目を試すのは、平時では難しいだろうな」
「はい。それでお返事が遅くなってしまいました。すみません」
「いいよ。ノイヤール侯爵もわかってくれるさ」
騎士団から持ちかけられた契約の返事を引き伸ばし続けて、はや1ヶ月。
だんだん夜が長くなり、フェルノース周辺の山々は早くも木の葉を赤色に染めはじめている。
秋の気配が深まるなか、レイモンドはエレノアの薬屋を訪れていた。
「それで? 薬は、提供してもらえるんだろうか」
「はい、ぜひよろしくお願いします。デボラちゃんとロランさんに薬作りをすべて伝授して、大量生産の準備もバッチリです!」
エレノアはもう心を決めていた。
力強く頷くと、レイモンドは嬉しそうにほっと息を吐いた。
「頼もしいな。君の薬が手に入りやすくなるのは本当に助かるよ。もちろん、こうして買いに来るのも苦じゃないんだが」
「忙しいでしょうし、私にできることはやらせてください。ただ、説明しておきたいことがたくさんあって……」
この1ヶ月でわかったことはそう多くない。
ロランだけでなくデボラの工房で働く職人たちにも協力を仰いだ調査は、かなり難航した。
そして、エレノアたちの最初の見立て通り、魔素型が薬作りに関係していることは確かだろうと、やっと結論がついたのだ。
この世にある魔素型は5種類。
最もオーソドックスな“盾型”、次いで数の多い“矛型”。そして“波形”——この3種類に大抵の人が分類される。
それ以外にあるのがエレノアを含む珍しい“舟型”と、治癒師の条件でもある“星形”。これは人口の中でもかなりの少数派だ。
「“盾型”同士は相性がいいですが、“矛型”には効きが悪く……一方で私が作った“舟型”の薬は“波形”には効きにくかったり。魔素型によって、反発しやすい相性があって……」
「つまり盾は盾が作った薬がよくて、矛と波は……——悪い。よくわからなかった」
レイモンドは両手を上げて、文字通り『お手上げ』のポーズだ。
エレノアもその気持ちはよくわかるので、深く頷いた。
「わかりやすい解説書を今、作成中なんです。それさえできれば製薬に移れるんですけど……」
「形や見た目を変えて、別の商品にしてもらえた方がいいかもな。逆に用途別の種類はこの店ほど多くなくていい」
「なるほど、別の商品にですか。あなたの魔素型はどこから、ってことですね」
「『どこから』?」
「ああいえ、こっちの話です」
エレノアの脳裏に浮かんでいたのは前世で見たテレビCMだ。
つい聞き慣れたフレーズを口に出してしまった。
あれは風邪の症状に合わせて薬のパッケージが分かれている、というものだったか。
飲む側が自分に合わせた薬を選びやすくする工夫として、今のエレノアにもマネできそうだ。
「じゃあ私が作ったものと、従業員コンビが作ったものの2種類に分けて……用途は分けずに、ひとまず“飲み薬“として一つにまとめますね。外傷に効かせたいのならそれで十分だと思うので」
「ああ、頼む。それと、ピンチのときにアルフレッドに対して使ってた塗り薬って……」
「あのときは必死でできることをやっただけだったので……それに、植物の汁を直接傷口に塗るのはリスクもあります。ちょっと研究に時間がかかってしまうかと」
「そうか、じゃあ追ってで大丈夫。まずは塗り薬の量産を頼むよ。千とか万単位で発注することになると思うから、備えていてくれ」
わかってはいたが、こうして辺境の街で細々と薬屋を営むのとはやはり桁が違った。
たとえば毎月5000個の飲み薬を提供したとしたら、それだけでこの薬屋の売り上げをゆうに超える。
でも、作るのに何時間かかるのかと思うと気が遠くなった。
「また忙しくなる……って顔してるな。この1ヶ月だって、薬の効果について調べながら店をやってたなら、休まらなかったんじゃないか?」
「はい、正直。毎日が飛ぶように過ぎていくっていうか、もう何がなんだかわからなくなりながら暮らしてました」
「だろうな。金銭面は騎士団がバックにつくんだ、従業員を増やすもよし、キッチンの機械化を進めるもよし……必要なら援助も頼んでおくよ」
レイモンドの言うとおりだ。
作る役とは別に、接客に専念する従業員をもう一人くらい雇ってもいいかもしれない。
それに、作業もまだまだ効率化できるだろう。
「考えてみます。それじゃあ、また次の連絡はレイモンド様を通して、ですか?」
「でもいいんだけど。エレノアさえよければ、もう一度王都に来てくれないか。さっきの魔素型の説明を自分の耳で聞きたいやつもいるだろうし、この間の飛竜のことでわかったこともいろいろあってさ」
「え……」
わざわざ断る理由もないが、エレノアは顔を曇らせる。
薬作りと解説書作り、それから今後の店のこと。やることは山積みなのに、自分の体は一つだけだ。
「ちょっと今は……分身でもできたらいいんですけど」
「ははっ、誰かに頼めばさせてくれるかもしれないけどな。もちろん、やることが全部片付いてからでいいよ。仕事詰めのあとの、ご褒美小旅行ってことでさ」
「小旅行、ですか……!」
この間の遠征の帰りも王都に少し滞在したが、そのすべてを楽しめたとは到底思えない。
表彰されるとかなんとかで、緊張しながら過ごした日々がほとんどだ。
1日だけ、レイモンドが買い物に連れ出してくれたが。
(あの1日が毎日になるなら……買い物して、おいしいもの食べて、珍しい植物に出会って……!)
エレノアの頬が緩んでいくのをレイモンドはしたり顔で見ていた。
もうずいぶん、エレノアの扱い方を理解されているらしい。
「行くだろ? 楽しみにしてるよ、約束だ」
「は、はい。ぜひ」
「それじゃ、俺は吉報を持ち帰るとするよ。君は店のことや薬の解説書を進めててくれ。また来週にでも来るから」
「はい……!」
レイモンドは小指を立てて、約束のポーズをする。
言葉でなんと言い表していいかわからなかった彼との関係に名前をつけられたような気がして。
たとえそれがただの『ビジネスパートナー』だとしても、エレノアには嬉しかった。




