3.この手で試すのは
薬屋に帰り着くやいなや、エレノアとデボラは厨房にこもって薬作りに没頭した。
デボラとロランの魔素型が同じだったこともあり、きっと何かわかるという確信があったのだ。
作ったのは薬草キャンディだ。
一番魔法を使う工程が多いので、もし魔素型のせいで効果に違いが出ているのなら一番顕著なはず。
実際、アンケート結果のグラフの中でも一番起伏が激しかった……気がする。
そうして出来上がった2つの薬は、パッと見ただけでは全く同じものに見える。
ロランは薬を前に、腕を組んで唸った。
「この効き目を試せばいい……と言っても、薬を試すにはまず怪我をしないと、か」
「あ……」
エレノアは咄嗟に左腕を抑える。
数日経って傷跡はすっかり消えていたが、自傷して薬を試す繰り返しが自分の当たり前になっていたことに気がついたのだ。
ロランは目ざとく、エレノアの仕草に気づく。
「……店長? もしかして腕、自分で切って試してます?」
「う。いや、別に、えっとほら……何ともない、でしょ?」
袖をまくって、傷のない綺麗な腕を見せる。
しかしロランは小さく一瞥しただけで、すぐに首を振った。
「治ったあとってことでしょ。おかしいと思ったんスよ、『一人で薬を試したけど効果に差はなかった』とか言うから。無傷の人が薬を飲んで、効果がわかるわけないし」
「う……」
言い訳は通用しなかったらしい。
エレノアは反論することができず、言葉に詰まる。
「ま、いいっスけど。他に方法があるかと言われたらないし」
「……そ、そうでしょ?」
「でもレイモンドにはバレないようにした方がいいっスよ。その愛のこもったブレスレットを見るに、めんどくさいことになりそうなんで」
「あ——」
ロランが指差すのは、遠征の帰りにレイモンドから買ってもらったブレスレットだ。
愛のこもった、という言葉に、エレノアは口をあんぐり開けたまま喉をつまらせる。
その隙に、ロランは二つの薬を手に休憩室へと消えて行った。
「……ロランさんって、ときどき素直じゃないですよね。普段はわかりやすいのに」
「そうだね」
デボラはぽつりと呟いて、心配そうに休憩室の方を見つめていた。
ロランの嫌味っぽい態度は何も嫌がらせではないことは、エレノアにもわかっている。
自分の腕を切って薬を試すのがいいことだとは思わないけれど、うまく言葉にできないし、薬作りに必要なことだと思うから止められない……といったところだろうか。
(怖がられるとか心配されるかもと思ったことはあったけど……二人が見たらどう思うか、考えたことはなかったな)
エレノアは反省する。薬屋の店長として、よくない選択をしていた。
だって店長がやっていたら自分もやらないといけない、なんて二人が思うのは嫌だ。
「……ロランさん? 薬を試すの、次に怪我したときでいいよ」
「それじゃいつになるかわかんないっスよ?」
「うん。でもその方がいいよ。私も今後はそうする」
休憩室の扉越しに話しかけると、苦笑いを含んだ声が返ってくる。
しかしエレノアはめげずに言葉を続けた。
「怪我や病気で苦しむ人が減るように、っていうのには、ロランさんやデボラちゃんも含まれてるから。だから私のために自分自身を傷つけるのはナシです。絶対ナシ!」
「じゃあ……俺、ときどき休みの日とかに機械いじって、よく切り傷作ってるんで。そのときに試す、でもよければ……」
「もちろんだよ!」
「なら、店長も今後はダメっスよ。見つけたらレイモンドにチクるっスからねー?」
調子を取り戻したように、ロランの声がパッと明るくなる。
同時に休憩室の扉が開いた。薬はまだ手つかずで、ロランの体には傷は一つもない。
エレノアはそれを見て、ほっと息を吐いた。
(私……自分一人でやることが、当たり前になりすぎて。ひどいことさせるところだった)
いくらすぐに治るとはいえ、従業員に自傷させて人体実験を強いる職場なんて、ブラックどころの騒ぎではない。
というか人としてあってはならないことだろう。
エレノアは反省しながら、手首にかかったブレスレットにそっと手を触れた。
(薬をこの手で試すのは、もうやめよう。二人のためにも……心配、かけないためにも)
このブレスレットに、愛がこもっているかどうかはともかく。
自分を大切にしないと叱られてしまうだろうことは、エレノアにはもうよくわかっていた。




