2.魔素型占い
翌朝。徹夜で薬について調べていたエレノアは、ふらふらと自室から店のバックヤードへ繋がる階段を降りる。
図鑑はくまなく読んだ。薬も何度も作った。
水の量や火にかける時間、部屋の気温と湿度まで、考えうる条件を変えて何度も。
しかし何もわかることはなかった。
(こんなこと、前にもあった気がする。一夜漬けで解決することなんてないんだよね、世の中……)
日々忙しいのにかまけて、大切にしたいことがおろそかになっているような。
なんとも言えない絶妙なモヤモヤが消えない。
今日はロランが店番に来てくれることになっている。
エレノアは彼が来る前に、急いで寝間着から着替えた。
長袖の下に隠れる腕には、ぽつぽつと茶色い傷跡が残っている。
(ロゼさんにはダメだって言われたけど、どうしても気になって自分で試しちゃった。でも、何の変化もなかったんだよね……)
傷をつけては薬を飲み、塞がるまでの時間を測る。
しかし何度やっても効き目は同じだった。
これではただの傷つき損だ。どうせ跡も薬の効果で夜には消えているだろうから、別にいいのだけれど。
「困ったなぁ……やっぱり、個人差なのかな。デボラちゃんと私の間にある差って何なんだろう」
悩みながらも、薬屋はまた朝を迎えるのだった。
* * *
解決の糸口は思わぬところにあった。
その日の昼間、店の前にある郵便受けに、一枚のチラシが投げ込まれたのだ。
「なんだ、これ? うわっ、やけにビカビカしてるな」
「何かの勧誘? えぇと、魔素型占い……って、なんだっけ。昔流行ってましたよね」
「生まれ持った魔力の型ってやつっスね。治癒師はみんな星型だとか、魔法の質が変わるとか性格まで決まるとか、話題になりましたけど……」
つまり前世で言う血液型占いみたいなものだ。
血液型とは違って、魔素型の方は占い以外の用途がないので、認知度は低いだろうけれど。
チラシには大きな太文字で『あなたの魔素型、調べます!』『これで運勢バッチリ上昇!』と書かれ、虹色に光っている。
魔法石でできたインクを使った、気合いの入った宣伝だ。
「魔素型が違えば、魔法の質が変わる……」
「え、ちょっと。店長、まさか気になるなんて言わないっスよね? こんな胡散臭いチラシ!」
「占いには行かないよ? でも、調べてみてもいいかもしれない」
薬作りの過程には魔導具や魔法をふんだんに使っている。
薬草を煮出すのは魔法で出した水だし、コンロの火もすりこぎに加える力も魔法で調節する。
エレノアとデボラの魔素型が違うなら、そこに何か手がかりが隠れている可能性は十分にあった。
エレノアの言わんとすることがわかって、ロランは肩をすくめる。
「根拠のない眉唾モノだと思うっスけどねぇ……まあ、試してみるのは悪くないか。ちなみに俺は盾型です」
「調べてるじゃない!」
「……ちょうどガキのころに流行ったんスよ」
否定的なロランが自分の魔素型を知っていることに、エレノアは思わず抗議の声を上げる。
ロランは気まずそうに目を逸らしつつ、エレノアの手からチラシをもぎ取った。
「調べるにしても、ちゃんと神殿でやるんスよ。こういう業者は大抵ぼったくってきますから」
「はーい。今度、デボラちゃんを誘って行ってみるよ」
「そうしてください。実験するなら俺も手伝うんで」
と決めたのは、半ば徹夜明けでハイになっていたのもある。
実際にデボラを連れて神殿に行く頃には、エレノアは自分の判断に半信半疑になっていた。
「血液型占いも信じてなかったのに。それどころか魔素型なんて……」
「血液型占い? そんなのもあるの?」
「ああいや、こっちの話! それで、私の魔素型は……」
検査を担当してくれたのはホリーだ。
手元の電子カルテを操作しながら、彼は嬉しそうに言う。
「舟型だったよ。人口の2%しかいないと言われる、珍しい型なんだ……といっても、全国民が検査しているわけじゃないから、データの偏りはあるかもしれないけどね」
「へぇ……! つまり、多分もしかしたらすごいかも、みたいな感じ?」
「あはは、そうだね。そんな感じで思ってくれるといいかも。これで薬の謎解明に役立てばいいんだけど」
ホリーは印刷したカルテをエレノアに渡す。
そこには魔素型占いが流行ったときの名残か、『舟型さんはこんな人!』と小さなコラムがついていた。
独自の世界を突っ走るトラブルメイカー——という評価の良し悪しは考えないことにしよう。
エレノアはホリーに礼を言い、デボラとともに神殿をあとにした。
「私は舟型だって。デボラちゃんは?」
「盾型でした」
「あ、ロランさんと同じだ。ちょうどいいかも、これで何かわかるといいけど」
命になんら関わることでもない魔素型の検査にはそれなりのお金がかかった。
神殿だってボランティアでは回らないのでしかたないが、お店の経営を考えたら無駄にするには惜しい出費だ。
二人で薬を作り、ロランに飲み比べてもらうことで何か手がかりが得られればいいのだが。
エレノアとデボラはそんな希望を胸に、帰路を急ぐのだった。




