36.帰りを待つのは
更新が大幅に滞ってしまいすみません!
ゆっくりペースで連載再開していきます…!
花とレンガに彩られた、見慣れた街並み。
フェルノースに着く頃には、陽は天頂をとっくに越えて、傾きはじめていた。
魔導車は速度を落とし細い道を抜けていく。
そして、神殿の前の広場に停車した。
「よし、着いたぞ」
「運転ありがとうございます!」
エレノアは軽やかに車を降りた。レイモンドとロゼも、それに続く。
完璧にシフトを組んで、二人の従業員を信頼して遠征に向かったとはいえ、店の様子が心配でなかったわけじゃない。
シフト通りなら今日はデボラが店番をしてくれているはずだ。
自動扉の中を、エレノアはそうっと覗き込む。
「……そんなにコソコソしてなくても、胸を張って正面から帰ればいいんじゃないか?」
「そっ、そうですよね! つい、なんだか緊張しちゃって……」
レイモンドに呆れ笑いされて、エレノアは赤面する。
咳払いをしてから、改めてエレノアは扉の前に立った。
「いらっしゃ——店長! おかえりなさい……!」
接客用の笑顔を浮かべていたデボラの表情が、みるみるうちに安堵で解けていく。
ふにゃふにゃの安心しきった笑顔につられて、エレノアは思わず彼女の目の前まで駆け寄った。
「ただいま!」
* * *
「帰ってきて一安心、だったはずなのにどっと疲れちゃった。ホリーもだけど、デボラちゃんも怖かったぁ」
「はは。デボちゃん、俺より怒ってたっスねー」
「逆にロランさんは、あんまり気にしてないんですね? 妹の医療費をダシに、って結構ひどいと思ったけど……」
そう。飛竜と遭遇したこともありエレノアはすっかり忘れていたが、不在の間にレイモンドが用意した、“ロランが信用に足るか確かめる計画”は進行していたのだ。
店は一触即発の空気になって大変だったらしい。
エレノアに続いて店に入ってきたレイモンドに向かって、デボラは捲し立てるように計画の問題点を並べ立て、怒っていた。
そうこうしているうちに、一人迷いなく神殿に向かっていたロゼが、彼女の愛する人——ホリーを連れて店に戻ってくる。
そしてエレノアは案の定、遠征先で危険な目に遭ったことを指摘された。小一時間ほど、いかにホリーがエレノアを心配していたのか語り聞かされてもうへとへとだ。
ホリーの矛先がレイモンドに移った隙を見て、エレノアはバックヤードに逃げてきたのである。
「それより店長、俺とデボちゃんから相談があって。疲れてると思うけど、今日、閉店後にちょっとお時間いいですか?」
「それなら、少し早く閉めよっか。私からも二人に話さないといけないことがあるから」
騎士団——ノイヤール侯爵から持ちかけられた契約の話は、エレノア個人でなくこの店の問題だ。
ロランとデボラにも相談に乗ってもらいたい。
外の様子を見計らいつつも、今日は17時ごろに店を閉めることにした。
「本当に反省してるのか? いや君が反省してるかよりも、騎士団がどう捉えているかが大切だな……民間人を危険に巻き込まないよう、基準を設けるべきだ。あと僕にも遠征同行訓練を受けさせるべき」
「もう、ホリー。それくらいにしましょう?」
「恋人と幼馴染をどっちもピンチに晒したんだぞ。怒らずにいられるか! ロゼの実力はわかっているから、信じていたけれど……僕にはついていく術がなかった。それがどれだけ歯痒かったと思う!?」
店先に戻るとホリーがミルクティー色の髪を振り乱し、全方位に文句をバラまいていた。
レイモンドだけでなく、彼を連れてきた張本人であるロゼまでどこか疲れた表情だ。
一人、店番のため残ったデボラも困惑している。
「ごめんね、ホリー。今日は早めにお店を閉めることになっちゃった。ホリーも家に帰って、ゆっくり休んで?」
「そっ……そう。店の邪魔はできないね。ならせめてレイモンド、このあと時間は——」
「だめ。ホリー、しばらく休まず働いて寝てないんじゃない?」
エレノアの指摘に、ホリーは都合が悪そうに押し黙った。
彼の顔色はあまりよくないし、言葉遣いや声にも疲れが滲んでいる。
気を紛らわせるために、働き詰めになっていたのだろう。
「言われてみれば、クマもひどいわね。帰りましょ、夕飯は私が作るわ」
「うっ……確かに疲れては、いる。それにロゼの手料理か……」
「責任を持ってゆっくり寝かせるわ。ありがとね、エレノア。また」
ロゼはホリーの手を引いて、店を出ていく。
エレノアは店の前の道まで出て二人を見送った。
戻るついでに、店の前に出ている営業時間の看板をひっくり返しておく。
あとは扉にかかっている目隠しの魔法を起動したら、閉店だ。
中に入ろうとしたちょうどそのとき、すれ違いにレイモンドが店から出てきた。
「俺も帰るよ。店の話を邪魔しちゃ悪いし、補充用の薬も買えたしな」
「いつの間に……ありがとうございます。料理人志望のデボラちゃんが作った薬なので、いつもよりおいしいと思いますよ。特に、遠征先で作ったやつよりずっと」
「はは、確かに。楽しみにいただくよ」
冗談めかしてレイモンドは笑う。
デボラとホリーに連続で不満をぶつけられてその顔は疲れきっていた。
しかし同時に、重大な任務を一つ終えた達成感に満ちてもいる。
(私がちゃんと帰ってこられるまで、気を張ってくれていたんだろうな。王都に戻ったら、レイモンド様もゆっくり休めるといいけど……)
今回の遠征で、エレノアはレイモンドの強さを目の当たりにした。
他の騎士たちに頼られていることも。きっと王都に戻ったら、彼はまた忙しない戦いに身を投じるのだろう。
「騎士団との契約のこと、返事待ってるよ。また薬を買いに来るから、そのときにでも聞かせてくれ」
「はい……! 今から、その相談もするつもりです。時間をいただいてありがとうございます」
「おう。それじゃ」
戦いつづけるレイモンドのために、エレノアができることは少ない。
騎士団と契約を結んで薬を卸すことは、そのうちの一つに入るだろうか。
魔導車に乗り込むレイモンドのことを見送って、やっとエレノアは店の中に戻った。
「もうお客さんも途絶えているみたいだし、閉店にしよっか」
「はーい。じゃあ扉、消しますねー」
「ありがとう。それで、二人からの相談って……?」
晩夏とはいえ、17時の外はまだ明るい。
外から差し込んでいた光が絶たれると、店の中は途端に怪しく、薄暗くなった。
エレノアの言葉に、ロランもデボラも姿勢を正す。
誰に聞かれるわけでもないのに、潜めたような小さな声でデボラが切り出した。
「それが……最近、お客様からたくさん問い合わせがきているんです。私の作った薬は、店長が作った薬と効果が違うって……」
デボラの言葉に、エレノアは大きく目を見開いた。
ずっと一人で薬を作りつづけていたから、これまで直面したことのなかった問題。
その影響が、エレノアの薬屋の行く先を大きく揺るがそうとしていた。




