35.表彰と契約
表彰式、当日。
エレノアは朝早くから騎士団の本拠地へと招かれていた。
立ち並ぶコンクリート造りの建物は、他の建物が全て魔法石でできている王都の中で異質な雰囲気を放っている。
兵舎に寮、訓練所に士官学校。大きく無骨な建物が、いくつも並んでいる。
その一番奥にそびえる高いビルに、エレノアはおめかしをしてやってきた。
遠征用に持ってきていた服は外用のカジュアルなものばかりだったので、急遽買った清楚な白いワンピースだ。
布の多いひらひらした服は着慣れなくて、背筋が伸びる。
「おはよう、エレノア。朝からすまないな」
「レイモンド様……! いえ。今日は光栄な機会をありがとうございます」
「礼は侯爵殿に。それじゃ行こうか」
「……え、いま侯爵殿って言いました?」
何気なくレイモンドが言った言葉に思わず聞き返すが、返事はない。
エレノアは天を仰ぎながら、レイモンドの後をついていった。
大きな木の扉を抜けると、その先は光の溢れる講堂だった。
外の無骨な見た目からは想像もつかない、白壁の美しい部屋だ。
天井は吹き抜けになっており、2階の高さにある壁から差し込む太陽光が柔らかくて温かい。
壁に沿ってぐるりと人が立っている。ライカンやウルフロッドをはじめ、遠征にいた人々。魔法士、治癒師もいる。
それに、見たことのない騎士も表彰のために集まっていた。
そして、騎士たちに囲まれた部屋の最奥。
これまた真っ白な一人掛けソファに、銀色の男性が座っていた。
銀髪に、銀の刺繍が入った服を着て、銀のマントを羽織っている。
彼はエレノアが部屋に入ってきたのを見て、隙のない所作で立ち上がった。
「よく来てくれたね、薬師エレノア」
「ぁ……えっと、はいっ! このたびは光栄にゃ——」
噛んだ。
しかし、目の前の銀髪——おそらくエレノアに遠征への招集を送った、ノイヤール侯爵は笑うこともなく悠然と微笑んでいる。
エレノアの斜め後ろで、レイモンドだけがくくっと笑いを噛み殺すのが聞こえた。
表彰、と言っても賞状や賞品を手渡されるわけではないらしい。
エレノアは名のある人々から口々に賞賛されるという、名誉ある時間を受け取った。
「おぬしの薬があったおかげで、我らは無理な作戦を実行しつつも、誰一人欠けることなく生還できた。竜が薬草に反応していたことに気づき、助言してくれたことにも感謝する」
とライカンに褒められ、
「本来なら、非常事態には治癒師も騎士とともに前線に行かなくてはならない。しかし今回は、真っ先に戦場から逃げさせてもらえたよ。叶うなら毎回君の薬を遠征には常備しておきたいものだ」
と治癒師コルダに感謝され。
エレノアは目を回しそうになりながらも、謙遜しないように気をつけて、彼らの言葉を受け止めていた。
レイモンドに先日見せてしまったような鈍感さをここで発揮したら、せっかく表彰の場を設けてくれた騎士団に失礼だと思ったからだ。
「最後に、私から。突然の招集であったにもかかわらず、此度の遠征参加を快諾してくれたこと、改めて感謝する。そして、貴女の貢献に最大限の賞賛を贈るとともに——一つ、提案がある」
場を締めくくるように、ノイヤール侯爵が一歩前に進み出る。
そして、エレノアの前に右手を恭しく差し出した。
「君さえよければ、我が騎士団と契約をしないかね? 薬の騎士団への提供と、王都での流通。決して損はさせないと約束しよう」
「え……」
エレノアは大きく目を見開き、戸惑う。
自分が貴族と契約の話をすることになるなんて、思ってもみなかった。
(薬が認めてもらえてることは嬉しいけど……貴族の世界って、失敗したら首が飛ぶとかじゃないの!? 私がそんなところに足を踏み入れるなんて、)
辺境に住むエレノアにも、王都の政治情勢くらいは耳に入ってくる。
やれあの貴族が失敗して首を飛ばされたとか、悪事を謀って国外追放にされたとか、家ごと潰されたとか、そんな噂を聞いたのは一度や二度ではない。
この手を取ったらエレノアもその俎上だ。いや、実はもう載せられていて、この手を取らなければ殺されるとか?
ガチガチに固まるエレノアに、後ろからレイモンドがささやく。
「心配しなくても、怖い話じゃない。俺やみんなが助かるから頼んでいるんだ。君の薬の研究の可能性も広がる、いい話だと思うぜ」
「うむ。条件はできるだけ合わせよう。もし薬の効能がさらに進歩させられるというのなら投資も惜しまない」
「で、でも……なぜ、私なんかに……」
エレノアの心の中で、また自己評価の低さが顔を出す。
(私はただ、前世の記憶があるから薬を作れているだけだし。やっていることは、ただ葉っぱをこねてるだけでまだまだ原始的だし。国をあげてとか、貴族の支援、みたいな人間じゃないのに……)
答えに困るエレノアを見て、ノイヤール侯爵は優しく微笑んだ。
その表情は理性的だが、エレノアを困らせるつもりがないことだけははっきりとわかった。
「貴女の着眼点と努力に、我々は価値を見出しているのだ。しかし——もし答えにくいようなら、じっくり考えてもらってかまわん。そこのレイモンドは私の甥の友人。彼に伝えてくれれば、翌日には私の耳にも入っているだろう」
「えっと……で、では、そうしていただけると、助かります。ごめんなさい」
「なに、謝ることではない。縁のあることを願っているよ」
笑みを深めて、ノイヤール侯爵はエレノアの右手を勝手に掴んで握手した。
そして、何人かの騎士を連れて颯爽と部屋を出ていく。
「……侯爵殿は、また台本にないことを」
静かになった部屋の中、ウルフロッドがため息をついた。
彼がこの場を締めくくるのを、エレノアはぼんやりしながら聞いていた。
* * *
その後、エレノアはそのまま騎士団の施設で昼食をとらせてもらった。
表彰が終われば、王都での用事も終わり。
ゆっくりしていってもかまわないと言われたが、店のことも気がかりなのでフェルノースに帰ることにした。
行きと同じく、帰りもレイモンドの車で送ってもらう。
乗り込んだ魔導車の車内には、なぜかロゼも一緒だ。
「なんでロゼさんも?」
「なんで、ですって? フェルノースに私がいく理由なんて一人だけよ?」
「あ……」
ロゼの恋人でありエレノアの幼馴染、ホリーの顔が頭に浮かぶ。
そしてエレノアはさっと青ざめた。
(竜が出たこと、きっとフェルノースまで伝わってるはず。ホリーになんて説明すれば……!?)
ただでさえ、危険だからと遠征同行に反対していた彼だ。
心配でやきもきしたに違いないし、帰ったらきっとこってり怒られるだろう。
眉を下げるエレノアと裏腹に、ロゼは花でも咲きそうな笑顔だ。
バックミラー越しにそれをちらりと見て、レイモンドはからかうように笑った。
「ロゼがこんなに誰かにぞっこんになるとはな。見てて楽しいよ」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
「そのままの意味だよ、怒るなって」
他愛もない会話をしながら、和気藹々と魔導車はフェルノースを目指した。




