34.贈り物
大理石の床と壁がつやつや光る、格式高いデパート——“ベンディハウス“の中。
エレノアはレイモンドに連れられるまま、宝石店に足を踏み入れていた。
(王都って、やっぱりお金持ちの街なんだな。こんなお店がたくさん……)
エレノアが想像するショッピングモールやデパートといえば「20%off!」「バーゲンセール」みたいな垂れ幕がぶら下がる庶民的なもの。前世の記憶だ。
同じような施設がこの世界にもあったんだ、なんて懐かしんだのはほんの一瞬。
ここにはセールなんてものはないし、そもそも値札も見えるところに出ていない。
お金に糸目をつけない人が買い物に来る場所なのだ。
その中でもひときわ静かで厳かな店にレイモンドが入っていくものだから、エレノアは緊張してしかたなかった。
薄暗い店内にはショーウィンドウが並んでいて、下からの淡い光を受けた宝石たちがきらめいている。
しかしレイモンドは目当てが決まっているらしく、陳列には目もくれない。
「いらっしゃいませ、レイモンド様、お連れ様。奥にお掛けになってお待ちください」
執事のようなかっちりとした燕尾服に身を包んだ店員が、丁寧に案内してくれる。
促されるまま、二人はふかふかのソファに腰を下ろした。
「何を買いにきたんですか?」
「プレゼントだよ。魔導装飾品、って言ってな、お守り代わりの魔法がかかったアクセサリーを売ってる店だ。いいものをいくつか見繕っておいてくれるよう、事前に依頼してあったんだ」
「どうりでスムーズだと思いました。でも、プレゼントってどなたに?」
「え」
何気なく聞いたつもりが、レイモンドは目を大きく見開いて固まった。
飛竜を見つけたときでもこんなに驚いた顔はしていなかったのではないだろうか。
「冗談……じゃないよな。俺が言葉足らずだったか」
「え? 何か、話していましたっけ」
「プレゼントは君宛てだ、エレノア。騎士団からの報酬とは別に、俺からの個人的なお礼を、と」
「ええっ!?」
てっきりレイモンドの買い物にただついてきただけだと思っていたエレノアは、ピンと背筋を伸ばした。
居住まいを正してソファにしっかりと座りなおす姿は、緊張でがちがちだった。
「俺が思うに、エレノアって鈍感だよな? 自分のすごさや周りからの評価を、あんまりわかっていないだろう」
「そ、そうですかね? 自分では、謙虚すぎないくらいでいようと思っているんですけど……」
元・現代日本人の性というべきか、褒められても期待されても胸を張れない性格なのは自覚している。
あまり表に出さないような性格を見破られて、エレノアの目は泳いだ。
「まぁいいさ。受け取ってもらえるなら、俺はなんでもいい。飛竜が現れたあの日みたいに、これからも俺のいないところで君が危険な目に遭うかも……と思ったら、何かせずにはいられなくてな」
レイモンドは視線をぎこちなくさまよわせて、言葉を続ける。
「ロゼから、うちの姉の話は聞いただろ」
「え。あ、はい、すみません勝手に聞いてしまって……」
「いいんだ。いいんだけど……初めて君に会ったとき、姉のことを思い出したんだ。君はきっと——」
そこまで言いかけて、レイモンドは口を閉ざした。
先ほどの店員が、シルクの布に載せたいくつかの宝石とともに、ちょうど商談スペースにやってきていた。
「お待たせいたしました。こちら、お連れ様にお似合いの色を選ばせていただきました」
「ありがとうございます。さて、君が気に入るものがあればいいんだが」
「わ、私が選んでいいんですか……!?」
布の上には三つの小さな宝石が並んでいた。
こんなに間近で宝石を見て、自分で選ぶ経験なんて初めてだ。
エレノアは緊張しながら、じっと宝石を見つめる。
「これって、魔導具としての効果に違いはあるんでしょうか?」
「どれも安全にまつわるものですが、少しずつ違いますね。一つ目、こちらの翡翠には魔物を遠ざける効果と、健康祈願の魔法がかかっています。二つ目、青い石は持ち主の危機を察知していざというときに防衛魔法を発動させます。そして——」
きらきらと光を反射する、複雑なカットが入ったエメラルド。
深海のような静かな青色をたたえてつやりと光るのはラピスラズリだろうか。
店員が指差すのに合わせて、エレノアの視線も動く。
どちらも綺麗だが、エレノアの目を惹くのはもう一つの宝石だ。
「そしてこちら、ブラックダイヤモンドには打ち消しの魔法がかかっています。発動すると、どんな魔法の効果でも3分だけ跳ね除ける、使い切りの魔導具ですね」
「それって……」
まるでレイモンドのようだ。エレノアはちらりと隣を見る。
魔法を受け付けない彼の体質。
この世界では珍しく、エレノアにとっては少し懐かしい、吸い込まれるような真っ黒な瞳。
レイモンドの特徴をそのまま写し取ったような宝石に、エレノアの視線は釘付けになる。
「……決めました。これがいいです」
宝石をアクセサリーとして身に着けられるかたちに加工してもらえるというので、普段使いのしやすさを考えて、宝石を嵌め込んだブレスレットにしてもらった。
会計を済ませ、ブレスレットの入ったつやつやの白い箱を受け取る。
「改めて、遠征への同行に礼を言う。……できれば、ずっと身につけてくれていると嬉しい。君に何かあったら困るから」
「ありがとうございます。大切にします」
かかった金額を想像するとびくびくしてしまうが、それを言葉にする方がずっと失礼だろう。
金額ではなく贈り物に込められた気持ちを大切にしよう、と思ってエレノアは箱を大事にカバンにしまった。
そのあとは“ベンディハウス”で夕食を済ませ、レイモンドにホテルまで送ってもらった。
別れ際、何気ないようにふとレイモンドが言う。
「あ、そういえば。表彰式は明後日になったらしいよ。明日正式に案内が来ると思う」
「え!?そ、そうでしたか……」
急な展開にエレノアは驚愕の声をあげる。
結局、表彰とは具体的になんなのか、わからないまま当日を迎えることになりそうだ。
「それじゃ、また。……俺っぽい宝石を選んでくれて嬉しかったぜ」
レイモンドはそう言い残して、ホテルを去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、エレノアは心臓をどきどきと高鳴らせていた。
(ば、ばれてた……じゃない! どきどきするのは、表彰式に緊張しているだけだから!)
誰にともなく、エレノアはひとり心の中で言い訳した。




