31.飛竜の逆鱗
レイモンドたちが飛竜を相手にしている頃。
エレノアもまた、今まで直面したことのない状況に向き合っていた。
遠征隊の長官・ライカンとの会議である。
同じく拠点にいたロゼと、近くで警備をしていた第2部隊の騎士たち。
その真ん中にどかりと胡座をかいて座るライカンは、エレノアが二度の人生を通して話したことのないタイプの人だ。
鋭い眼光に、歴戦の傷跡が残る顔。分厚い筋肉に包まれた体の圧も相まって、とにかく恐い。
アルフレッドと二人、採集のために拠点を抜け出したのを叱られるんじゃないか、という不安もあって、エレノアはライカンの目をまっすぐ見られなかった。
騎士とは前世で言う警察官みたいなものだと思っていたけれど、ライカンだけは違うような気がする。
軍人ともまた違う。言うなら武士、だろうか。
(まぁ本物の武士なんて、話すどころか見たこともないんだけど……)
などと意味のないことを考えていると、ライカンが重々しく口を開いた。
「先ほど第3部隊から接敵を知らせる信号弾が上がった。弾数は3つ」
「騎士10人と飛竜3体ですか……かなり無理をさせてますね。俺たちも至急向かった方が、」
「ああ。昨夜のうちに、すでに回復したアルフレッドとガリアを増員に向かわせている。俺たちもこのあと拠点を放棄し、全ての物資・魔導車を動かして前線に向かう予定だ。しかし——」
「しかし?」
ベテランらしい騎士がライカンに問いかける。
するとライカンの剣呑な瞳が、エレノアを射抜いた。
「訓練を受けていない一般人を連れて、危険な戦いに飛び込むわけにはいかん。では置いていけるかというと、それもまた違うだろう」
「……ご、ご迷惑おかけします」
「謝ることではない。そなたの動向を求めたのは我々騎士団の方だ」
顔は変わらず恐ろしいが、ライカンの言っていることは真っ当で、優しい。
それでも緊張でガチガチになっているエレノアの背を、隣に座るロゼがそっと撫でた。
「山の上までは固まって移動するとして、問題はそのあとね。飛竜を刺激しないように気をつけながら、第3部隊と合流しないと」
「そう簡単に言うけどな、ロゼさん。飛竜にとって何が刺激になるかなんて、予想もつかないんだ。なにせあいつら、肉食だってこと以外、生態もほとんど不確定だからな」
「わかっているわよ。だからこそ細心の注意を払わないとねって話」
ロゼはこの雰囲気にも慣れているらしく、騎士に反論されても落ち着いている。
ライカンも苦い顔をしながら、彼女らの会話に同意した。
「文字通り逆鱗に触れるわけにはいかんからな。エレノアは至近距離で飛竜と接敵していたはずだが、何か気になる様子はなかったか?」
「はいっ! あ、いえ、えっと……あ」
緊張してしどろもどろになりながら、エレノアはふと思い出す。
「そういえば……あのとき、飛竜は私が摘んできた薬草が気になったみたいでした。私に向かってくるのを、アルフレッド様が庇ってくださって」
「……ほう。薬草か」
「でも今の話だと、飛竜は肉食なんですよね? 薬草が欲しかったわけではなく、むしろ苦手なのかもしれません。もしくは……」
ぶつぶつと呟きながら思考に耽るエレノアのことを、気づけば皆不思議そうに見つめていた。
エレノアはハッとして、両手で口を押さえる。
「……す、すみません。気になったのはそれだけです!」
「うむ。では飛竜の前では薬を取り出さぬようにしよう。俺が許可を出すまでは武器の使用も禁止だ」
「了解!」
第2部隊の騎士たち3人の声が重なる。
そのあと魔導車の編成についての打ち合わせを済ませ、会議はお開きとなった。
* * *
レイモンドとアルフレッドは、最後の1体となった子竜と睨み合っていた。
二人とも満身創痍。薬のおかげで傷はゆっくりと塞がっていくが、治る前にまた新たな傷が増える。
彼らを突き動かすのは、自分たちの帰りを待つ人への想いだけだ。
「すばしっこいのが厄介だな……」
「ああ。無傷でもついていくのがやっとだったくらいだ」
母を目の前で倒された子竜は狼狽え、怒っていた。
その勢いに圧され、ジリジリと二人は崖に向かって後退していく。
「……提案がある」
レイモンドは低い声で呟いた。
この状況を打破するための一手。これしかない、と思ったレイモンドはアルフレッドの返事も待たずに一方的に作戦を伝える。
それを聞いてアルフレッドは苦笑いを浮かべた。
「結局お前がいいとこどりだな、それ」
「はぁ!? この期に及んでそんなこと……!」
「わかってるよ、冗談だ」
憎まれ口を叩きながらも、アルフレッドはレイモンドを庇うように前に出た。
そして、手に持っていた氷剣をレイモンドに手渡す。
代わりにレイモンドから返された、少したわんだ片手剣を握りしめる。
アルフレッドが飛竜に飛び掛かるのを見て、レイモンドは脱兎のごとくその場から逃げ出した。
ある作戦のもと、二人は飛竜との最後の戦いに身を投じるのだった。




