30.青い光、残り1体
——グウウルルル……
ふら、ふらと飛竜がレイモンドの後ろをついてくる。
黒煙の中に飛び込んだのは、コーディスや先に逃げたという仲間たちの安全を確保するため。
そして、飛竜の羽ばたきで少しでも煙を散らしてもらうためだ。
「……しかしその穴だらけの翼じゃ、あんまり効果はなさそうだな?」
重く立ち込める煙は体にまとわりつく。息が苦しく動きにくいのは飛竜も同じだろう。
それに飛竜はかなり消耗しているらしく、翼の傷が治る気配はない。
間違いなく攻めどきだ。
仲間たちの蓄積させたダメージが、飛竜を着実に弱らせていた。
レイモンドは覚悟を決めて、数メートル先すら見えない霞む視界の中、竜と対峙する。
「我慢比べをしよう。この煙の中で、どっちが最後まで立っているか——」
突然振り返ったレイモンドの動きに、飛竜もまた身構える。
大きく口を開けて牙を剥き出しにした竜の首筋目掛けて、レイモンドは地面を蹴って飛びかかった。
ギギギギ……と鈍く金属の軋む、嫌な音が響く。
飛竜の顎の下に突き立てた剣が、硬い鱗とぶつかってたわんでいた。
「っ……ぉりゃアッ!!」
腕に渾身の力を込めて、鱗を叩き斬る。
バキッと硬いものが折れる音がして、飛竜の顎が下から砕けた。
同時に、飛竜は首をぐるぐる回しレイモンドをふっ飛ばそうとする。
「おっと」
レイモンドは華麗に飛び退き、再び剣を構えなおした。
体が小さく小回りが効くぶん、レイモンドの方がこの霧の中ではずっと有利だ。
(このまま、顎の下を斬る。それから尾と爪——)
冷静に、攻めるべき場所を見定める。
翼という移動手段はもう絶たれている。
あとは反撃の手段を奪い、確実に倒すだけだ。
「……っ!!」
しかし飛竜も一筋縄ではいかない。
——ギャウウウン!!
高らかに咆哮すると同時に、飛竜は目にも止まらぬ速さで尾を振った。
回避が間に合わず、レイモンドは咄嗟に腕で体を守る。
ドスッ、と鈍い音。一瞬遅れて、強い衝撃がレイモンドを襲う。
横薙ぎにされた体は、煙を突き抜けて吹き飛んだ。
「ぐッ——げほ、げほっ……」
煙の外、乾いた地面に叩きつけられ、咳き込む。
なんとか受け身をとったが、骨が何本か折れている気がする。
それほど速く、重い一撃だった。
(動きづらそうにしていたから、てっきりそういう状態なのかと思ったが……)
煙を吸って動きが鈍っていたわけではなく、攻撃の機会を静かに伺っていたようだ。
レイモンドは痛みをこらえながら、薬袋に手を伸ばす。
「これがあって助かった……おいしくねぇけど」
特薬草という効き目の強い薬草のキャンディは、それだけ独特の味も強い。
“おいしい薬”を目指すエレノアが作ったとは思えないそれを、レイモンドは手っ取り早く噛み砕いた。
そして、顔を上げる。
「レイ! 大丈夫か!?」
「……アル! そうか、俺はここまで飛ばされたのか」
気づけば子竜と接敵した場所まで戻っていた。
心配そうにレイモンドの方を振り返るアルフレッドは、今まさに子竜の爪と氷の剣で鍔迫り合いをしている。
彼もかなり傷だらけの姿だ。
「状況は!?」
「……厳しい、な。手負いの2対2じゃ——」
レイモンドを追ってきた雌竜が、煙をかき分けて堂々と姿を現す。
そちらに気を取られたアルフレッドに、子竜の爪撃が直撃した。
「……ぐあっ!?」
ざくり、アルフレッドの右肩が赤く裂ける。
咄嗟に駆け寄ろうとしたレイモンドだが、まだ折れたままの骨は治らず、腹に鋭い痛みが走った。
それぞれ痛みに悶えてうずくまる二人の脳裏に、絶望がよぎる。
そのとき。
ぱちぱちぱち——と、花火が散るような音がした。
晴れわたる青空を、二人はほぼ同時に見上げる。
そこには、青い光。
青空を背景にしているのにはっきり見えるほど強い、人工的な光だ。
何かの魔法だ、とすぐにわかった。しかし、騎士団で使われる信号弾とは色が違う。
「あれは……?」
不思議そうに、アルフレッドが呟く。
その正体がわかったレイモンドは、知らずのうちに口の端を上げていた。
「そうか。そうだな。仲間を死なせなきゃいい、だけじゃない……俺も死なねぇ」
「レイモンド? あれは、」
「エレノアが、俺を心配して泣いてるってさ。打ち上げたのはメメルだぜ」
アルフレッドも目を見開く。
昨夜、拠点に戻るというメメルと交わした会話を思い出す。
あのときは自分を揶揄うためにあんなことを言い出したのだと思ったが、もしかしたら彼女はこんな状況を読んでいたのかもしれない。
レイモンドの自己犠牲癖は、メメルにはしっかりバレている。
それからアルフレッドの単純で簡単なところも。
「待ってろメメル! 必ず生きて帰り……そして僕は、今度こそ君にプロポーズするんだ!!」
「ほら始まった」
アルフレッドは一瞬前につけられた傷など忘れたように、血を流したまま立ち上がる。
レイモンドも彼に釣られるように、へその下に力を込めて無理やり踏ん張りを効かせた。
「2対1を二回だ。でかい方から行くぞ!!」
「応ッ!!」
息を合わせた二人の剣撃が、レイモンドを追っていた大きな雌竜を狙う。
鱗の剥げた首元を、アルフレッドの氷剣が貫いた。
そして。
「〈融解〉——喰らえ、〈再氷結・棘〉!!」
飛竜の体の中で一度溶けた剣が、形を変えて再び凍りつく。
——ギョアアアンンッ!!!
ぶちぶちぶちっ、と体内から棘のような鋭い氷柱が飛び出し、飛竜の体を刺し貫く。
断末魔を上げて、雌竜は完全に沈黙した。




