29.残り2体、黒煙
走るレイモンドとアルフレッドの背後で、肉の焦げる匂いが立ちのぼる。
両翼をもがれた飛竜に、ガリアが炎の魔法で攻撃しているのだ。
どたどたと地面の上をのたうち回ることしかできない飛竜に、絶え間なく火を継ぎ足していく。
容赦ないガリアの手腕は、振り返らずともわかった。
ものの数分もすれば飛竜はその脅威の回復力をもってしても体の回復が間に合わず、息絶えることだろう。
「……前も後ろも焦げくさいな」
「後ろはともかく、あっちは飛竜2体分の炎だからな。ウルフロッドさんは、なんとかするって言ってたが」
レイモンドが先ほど逃げ帰ろうとした道は、飛竜が通って木が薙ぎ倒されている。
そこを逆走して、二人は竜の巣に続く崖に向かった。
レイモンドとアルフレッドは、辿り着いた崖の上から竜の巣を見下ろす。
そこに広がるのは、予想通りで衝撃的な景色だった。
竜の巣の中心にかけて、薙ぎ倒された木々を伝って放射状に広がる炎。
めらめらと地面が燃えていて、足の踏み場もないように見える。
そして、ウルフロッドたちがいたはずの森は焼け焦げて丸裸になり、黒煙がもくもくと立ち上がっていた。
「みんなはどこだ? 見えるか、アル?」
「飛竜の姿はうっすら見える、この煙の下だ。人がいるか逃げたかまでは……」
「行ってみるしかねえってことだな」
魔法で強化したアルフレッドの視力でも、煙の中の様子はよく見えない。
二人は顔を見合わせて、ひとつ頷き合った。そして、崩れた崖の斜面を慎重に降りていく。
「……この煙は、さすがのレイでも吸い込んじゃダメだよな?」
「ああ。魔法で出た火は効かないけど、煙は草木が焼けて出たもの。普通に効くな」
口に布でも巻いて煙に突入するのもやぶさかではないが、最終手段とするべきだろう。
アルフレッドの使う風の魔法で視界を広げながら、少しずつ戦いの現場に近づく。
視界の悪い中でも奇襲を受けないよう、レイモンドは周囲への警戒を怠らない。
「2体とも煙の中だな。他には見当たらない」
「そうだね。こんなに煙が立つなんて、どれだけ広範囲を燃やされたのか……」
「いや、案外燃やしたのかもしれないぜ。ウルフロッドさん、思い切りがいいからな」
「……あの人ならやりかねなくて何も言えないが、」
苦笑しかけて、アルフレッドは言葉を切る。
黒煙の向こうに、大きく首をもたげた竜のシルエットが透けて見えていた。
その体は先ほど二人が対峙した飛竜よりも一回り小さい。
「報告にあった子竜か。ぐったりしてたって聞いたけれど?」
「俺が見たときはな。今は元気らしい、今朝それでみんな騙されたんだよ」
「なるほど、それで分断されたわけか。なかなか賢いんだな、竜も」
アルフレッドは顔を顰めて忌々しそうに呟く。そして、再び氷の剣を生成した。
「……ここは僕が引き受ける。悪いがレイは煙の中に飛び込んで、みんなを探してきてくれ」
「ああ。無理すんなよ」
「こっちは大丈夫だ。ウル兄の努力の結晶を引っ付けてるみたいだからな」
煙をかき分けて、のそのそと飛竜が歩いて向かってくる。
その羽には、ツタが絡まっていた。炎と煙のくすぶる場所から出てきたというのに、そのツタには焼け焦げた跡が一つもない。
つまり、魔法で出した拘束具なのだろう。
——ガキン!!
飛竜の初撃をアルフレッドの氷剣が抑える。
その隙に、レイモンドは口元を抑え、煙の中に飛び込んだ。
(もたもたはしてられねぇ、さっさと誰か見つけねえと……!!)
黒煙をかき分け、目を凝らしながら進む。
燃えてチリチリと鳴っている地面は熱くもなんともないが、音と煙でレイモンドを急かしていた。
(みんな……どこだ? 無事、なのか……?)
不安になりはじめた頃、レイモンドのつま先にどさりと重い感触があった。
何か蹴ったかと下を見下ろすと、そこには煤だらけになった一人の男が倒れている。
「コーディスさん!? 大丈夫ですか!?」
先輩騎士コーディス。レイモンドと同じ二級騎士で、この第3部隊でも有数の実力者だ。
力なく倒れている彼を揺すり起こすと、すぐにコーディスは咳き込み、目を開けた。
「……っ、ごほ、ゲホッ。レイモンド、か」
「状況は? 体は大丈夫ですか?」
「煙を吸いすぎた……俺が殿だったから、他の奴らは逃げてるはずだが……」
「煙から出ましょう。肩を貸しますから、案内を」
「ああ……悪いな」
時折むせながら、コーディスはレイモンドの肩を借りて立ち上がった。
彼の体は傷だらけで、一人で歩けたものではなかった。
仲間たちが逃げたという方向へ、ほとんど肩に担ぐような体勢でゆっくりと歩みを進める。
「よし、煙を抜けた……」
「っ!! レイ、危ねえ!!」
黒煙の吹き溜まる場所を抜け、新鮮な空気に息をついたのも束の間。
コーディスの枯れた喉から絞り出された警告に、レイモンドは反射的に伏せた。
コーディスの体もろとも、薄くなった芝生に倒れ込む。
——ゲギャアアアアッ!!!
翼の膜を穴だらけにした飛竜が、鋭い槍のように体を伸ばして二人の頭上を切り裂くように飛んだ。
「待ち伏せされてたのか……!」
「俺のことは捨ておけ、レイ! 少しでも時間を——」
コーディスは懐に手をいれ、薬を取り出す。
キャンディを口に放り込んだ瞬間ガリッと噛み砕いたコーディスに、レイモンドは首を振った。
そして、腰の剣を抜く。
「ダメですよ。薬のせいで人が死んだら、俺は怒られるんです」
「怒られるって、あの連れてきた薬屋にか? そんなの、いくらでも怒られればいいだろう。命に勝ることじゃ、」
「……それが勝るんですよ、命にも。だから、コーディスさんはそこで回復に専念しててください」
地面に転がる小石をレイモンドは適当に掴んだ。
そして飛竜目掛けて投げる。子ども騙しの挑発だが、飛竜は見事に目をむいてレイモンドの方を睨んだ。
「エレノアの薬はよく効きますよ!」
レイモンドはニヤリと笑い、飛竜を挑発しながら再び黒煙に向かって駆け出した。




