28.逆転の兆し
陽が落ちた暗い森を、メメルは夜通し歩いた。
今日一日で登って降りて、山を制覇した気分だ。足が痛い。
飛竜が王都に向かわないよう見張り、何かあれば止める。
それがメメルに課された次の任務だ。
同じ任務を負った3人の騎士と2人の治癒師が待つ野営地点は、すぐに見つかった。
(みんな寝てる……わたしも体を休めておこう)
街道に面しているこの場所なら、魔物が突然現れる心配もない。
メメルは仲間たちが設えた野営のそばに腰を下ろし、眠った。
そして今朝。
目覚めたメメルに、同じく起きてきたばかりの騎士たちが声をかける。
「来てくれたんだな! 無事合流できてよかったよ」
「起こしてくれたらよかったのに!」
わいわいと歓迎してくれる二人の若い騎士。
その奥からこの部隊の隊長である二級騎士がのそのそ歩み寄ってくる。
「……前線の状況は?」
「飛竜がいきなり襲ってきた。かなり気が立っていて、意識されていると思う」
「そうか。仲間たちは無事なのか?」
「陣地を作って防衛魔法もかけてきたから大丈夫。全滅しない限りは、竜がこちらに来ることはないと思う」
「今日も今頃戦っているってわけか。何もないといいが……」
二級騎士はガリガリと頭を掻き、ため息をついた。
安全圏で仲間の無事を祈るだけというのも落ち着かないものだ。
「そういや、ガリアさんとアルフレッドはどうしてるんだ?」
「わたしが戻る頃には拠点にいなかった。回復して、第3部隊を目指して出発したらしい」
「そうか……メメルの周りは血の気の多いやつばかりで大変だな」
労るような声音に、メメルはこくりと頷く。
人のことを言えるほどメメルも理性的ではないが。
それにしても騎士団に同行していると、心労は絶えない。
「特にここでは任務はなく、ひたすら待機だ。過ごしやすいように好きにしてくれ」
「メメルさんの魔法に頼ることになるかもしれない。俺たちのことはこき使ってくれて構わないぜ! 朝食の用意とかな」
騎士たちはメメルをもてなしてくれるようだ。
彼らの後ろ、野営地点では朝食のスープが出来上がってほかほかと湯気を立てていた。
「……わかった。でもその前に一つやることがある」
メメルはそんな優しい彼らに背を向けて、少し距離を置いた。
指先を空に向け魔力を込める。そして、唱える。
「〈光子・青〉」
——ぱちぱちぱちっ……!
火花を散らしながら、指先から溢れ出た青い光が上空に向かっていく。
青空の色に負けることなく、天高くで光はしばらく、瞬いた。
「……見えたかな」
「なんだ、それ?」
「単純な男たちを馬車馬のように働かせる、便利な魔法」
騎士たちは不思議そうにメメルの行動を見つめる。
彼らの反応をよそに、メメルはそれ以上説明することもなく、陣地にずかずか上がり込んで冷房の魔法を使った。
* * *
「助かったよ、アル。ガリアさんも」
「まさか本当にピンチだったとは。間に合ってよかったよ」
「さて、ではこの竜ですが……」
遅れて前線にやってきたアルフレッドとガリア。
二人に助けられたレイモンドの前には、ガリアの出した光の檻に捕らえられた飛竜がいた。
「俺だけじゃなく、ウルフロッドさんたちもピンチなんだ。さっさと仕留めて、竜の巣に向かわないと」
「そうか。じゃあすぐ……なあ、もしかしてアレか?」
レイモンドの顔を見ていたアルフレッドの顔が曇る。
彼が見つめているのは、ちょうど竜の巣のある方向だ。
レイモンドも、嫌な予感がして慌てて振り返る。
焦げたような匂いが鼻についた。
細く、しかしはっきりと。崖の下から、黒煙が登っている。
「……本格的にまずいな。急がねぇと」
「お二人は先に向かわれるといいでしょう。羽だけ落として行ってもらえると非常に助かりますが」
「本当か!? それは助かる。行くぞ、レイ! ……ってあれお前、剣は」
「あ、そうだ。落としてきたんだった」
やる気に満ち溢れるレイモンドだが、その手に武器はない。
自分が丸腰であることを思い出したところに、アルフレッドがため息をつきながら自分の剣を投げてよこした。
「それ、使いなよ」
「お前は?」
「作れるから平気。——〈氷結・剣〉」
アルフレッドの右手から、スラリと長い氷の剣が伸びる。
改めて、二人とも剣を構える。レイモンドは飛竜の右翼、アルフレッドは左翼を狙った。
ガリアが小さく片手を上げると、飛竜を拘束していた光が解ける。
「〈軟化〉——〈強化・力〉……あとはなんだ? 〈敏捷〉と、剣に〈硬化〉もかけておこうか」
光を解いた分、余った魔力を使ってガリアは弱体化と強化の魔法を大盤振る舞いにした。
飛竜に黒い煙のような鈍い光。そしてアルフレッドの体とレイモンドの剣には、白い霧のような光が宿る。
本人に魔法が効かない分、強化されたレイモンドの剣がヒュンと空を切る鋭い音を鳴らした。
——ギョアアアッ!!!
「これで終わりだ、竜!!」
「うおおおおッ!!」
体の自由を取り戻し飛び立とうとする飛竜の翼の根本めがけて、鋼と氷が閃く。
ザンッ、と鈍い音が響いた。
——ご、グエエアッ!?
翼がギシリと軋み、飛竜の体を離れる。
二人が振るった剣は、寸分違わず飛竜の両翼の付け根を断ち切っていた。
竜は何が起こったか理解しないまま、浮きかけた体を再び地面に落下させる。
四つ足でなんとかその場に踏ん張るが、羽のない飛竜などもはや脅威ではなかった。
「あとは私一人で十分です。行きなさい、二人とも!!」
「あぁ。ありがとう!!」
ガリアが叫ぶ。
二人は振り返ることもなく、炎と黒煙の渦巻く竜の巣へと駆けていった。




