26.飛竜vs騎士
「くそ、まんまとしてやられたな……っ」
自分を見下ろす飛竜の姿に、レイモンドは悪態をついた。
誤算は二つ。
一つは巣の周りを飛んでいた2体の竜を、そのまま拠点を襲った2体だと思い込んでいて、子竜の存在を勘案しなかったこと。
もう一つは、レイモンドの体質がもう飛竜にもバレていることだ。
(戦いすぎたか? 俺にだけ魔法が効かないとわかっているから、俺とみんなを風魔法で分断したんだろうな)
ここに来るまでに二度、飛竜と接敵している。
その間に、魔法が効かない人間がいると学習されてしまったのだろう。
——グガルルル……
飛竜はレイモンドを睨みつけて、爪を振りかざした。
ここからは必然的に肉弾戦だ。
魔法という強力な攻撃手段を封印されてなお、飛竜は人ひとりが簡単に倒せるような存在ではない。
しかしレイモンドは覚悟を決め、剣を構えた。
——ガキン!!
飛竜の爪とレイモンドの剣がぶつかり合う。
2本の前脚を絶え間なく動かし、交互に角度を変えて繰り出される爪撃。
その全てに、レイモンドは確実に対応していく。
ギュルルッと嫌な音が響いて、剣の腹を竜の爪が滑っていく。
レイモンドは足を踏み込んで、その爪を跳ね除ける。
そして、さらに一歩。
(……手応え! このまま押すぞ!!)
飛竜の腕の付け根、硬い鱗の始点に剣に突き刺さる。
ベリッと鈍い音とともに鱗が剥がれ、皮膚が剥き出しになった。
さらに一閃。
ひらめいたレイモンドの剣が、飛竜の皮膚すらもつき破る。
鮮血が、あたりを舞った。
——キョエアアア!!!
「まぁそりゃ怒るよな……っ!!」
肩から腕にかけて、縦に裂かれた飛竜は痛みに悶えて叫んだ。
がむしゃらにもう片方の爪を振り回し、尻尾を地面に叩きつける。
咄嗟にレイモンドは身をグッと後ろに引く。
一瞬前まで自分の頭があった空間を、飛竜の爪が無慈悲に薙いだ。
レイモンドの長い前髪が切れてパサリと落ちる。
(まずいな、一旦立て直さないと——)
地面を叩く尾の勢いで足元がグラグラと揺れている。
レイモンドは形勢を整えようと、一度大きく飛び退いた。
その瞬間を、飛竜は見逃さなかった。
——グォオオオ!!
尾を地面に突き立てて支えにし、飛竜は翼を大きくはためかせた。
放たれた風の刃はレイモンドには効果がない。
しかし、レイモンドが着地しようとする地面には深く、突き刺さった。
地面が、ぐらりと崩れる。
「うお……っ!?」
捉えたはずの足場がなくなる。
レイモンドは剣を投げ捨て、両手を懸命に伸ばした。
右手の指の先が、近くの木の枝に触れる。
足元の地面が細かな土砂と化し、山をガラガラと崩れ落ちていく。
レイモンドはなんとか木に体をぶら下げて落ちずに済んだが、ヒヤリと心臓が凍る。
額に滲んだ汗が瞼に伝い、目が霞む。
その視界の中、眼下に広がる竜の巣で、また別の飛竜が仲間たちに向かっていくのが目に入った。
* * *
2体の飛竜がぐるぐると空を回っている。
上空から、敵の姿を見定めているのだ。見下ろされたウルフロッドは、歯噛みしながら竜を睨み返した。
作戦を立てようなんて悠長なことを言っている間に、飛竜の策の中に陥ってしまった。
咄嗟に「なんとかする」なんて叫んだが、何か策があるわけではない。
飛竜2体、片方はまだ体の小さい子ども。対してこちらは騎士9人、治癒師1人。
数の利はこちらにあるが、それでも飛竜と戦うには不十分だ。魔法で広範囲にわたる攻撃をされたら、こちらは防戦一方となってしまう。
(しかし、いかに飛竜が人間より優れていると言っても、大掛かりな魔法を使うには何か予兆があるはずだ。その隙を逃すな、ウルフロッド……!)
ウルフロッドは自分にそう言い聞かせる。格上の敵を倒すために必要なのは先読み、そして的確な反撃だ。
ウルフロッドは飛竜の動きに目を光らせる。
他の騎士たちもまた、剣を構えて臨戦体制に入った。
それを見て先に動いたのは子どもの方の飛竜だった。
狙うのは、唯一剣を構えなかった人間。治癒師のコルダだ。
「させません! 〈豪流〉!!」
ウルフロッドは飛竜とコルダの間に身を滑り込ませる。
牙を剥き出しにしてコルダの首元を狙った飛竜の口に、ウルフロッドの魔法が炸裂した。
——ぐ!? ご、ゴポポ……
喉元まで水で満たされた飛竜は、目を白黒させて勢いをなくす。
ウルフロッドはすかさず、刀の切先を飛竜の右目に滑らせた。
——ぎゅあああッ!?
「油断するなウルフロッド!!」
「当然です! バルクさん、そちらは頼みましたよ。ソジルはコルダさんの護衛を! それ以外は臨機応変に——」
子どもを返り討ちにされた雌竜は怒りを露わに、ウルフロッドに向かってくる。
それを止めたのはバルクの重い両手剣による一撃だ。
勝ちの空気を感じ取り、ウルフロッドは刀の柄をぐっと握り直した。
一番新米の騎士・ソジルにコルダを任せ、前進に転じる。
「——ここで、2体とも倒します! みな、薬の用意を!」
「ああ、このときを待ってたぜ!!」
部隊随一の実力者ウルフロッドと、ベテラン騎士バルク。
二人の掛け声を合図に、一同はエレノアから託された薬草キャンディを口に含む。
そして、騎士たちによる飛竜への反撃が始まった。




