25.決戦の朝
「それじゃ、わたしは行く」
「えっ、休んで行かれないんですか!?」
「寝ている間に竜が飛んでいったら大変」
「そ、それもそうですけど」
昔話を終えたメメルは、焚き火のそばに腰を落ち着けることもなくすぐに出立の準備を済ませた。
エレノアは引き止めようとするが、彼女は涼しい顔でそれを断る。
「わたしは平気だから。食事は上でしてきたし、睡眠が必要なら下で順番にとる」
「そうですか……」
上とは前線にいる第3部隊のことで、下とは万一のとき王都を守る第1部隊のことだ。
すっかり遠征部隊に馴染んで、涼しい顔で自分の役目を受け入れているメメルはとても強く見えた。
彼女は強いから、ベースキャンプで膝を抱えてモヤモヤしながら騎士の帰りを待つだけではないのだ。
(いいな。本来遠征の同行に向いているのはメメルさんみたいな人なのかも……)
羨ましさと、自分の弱さへの不満でちくりと胸が痛む。
それを知ってか知らずか、メメルは口元を緩めて言った。
「レイがあなたを心配してた。心配というか、心配されていないか気にしていた」
「し……心配してますよ。それはもちろん」
「うん。伝えておく」
「え?」
メメルももう飛竜討伐が終わるまでレイモンドには会わないはずだが、どうやって伝えるというのか。
ぽかんとするエレノアをよそに、メメルは荷物を持ち上げた。
「それじゃ。お互い無事で」
「はっ……はい!」
「あら、もう行くの? もうひと頑張り、応援してるわ」
夕飯の片付けをしていたロゼも顔を出す。
二人に見送られ、また一人戦士が拠点を後にしたのだった。
* * *
翌朝。第3部隊の前哨基地となった鍾乳洞で、レイモンドは目を覚ます。
非常事態が起こったばかりでも、騎士たちの体内時計は正確だ。
ほとんどきっかり朝6時に、全ての騎士が起き出した。同時に外の見張りをしていた騎士が戻ってくる。
武器の用意をしたり、見張りを交代したりしている物音で治癒師も起きてくる。
こんな山奥の洞窟では朝の支度も何もないので、6時半を回る頃には出陣の準備ができていた。
「さて。みなさんおはようございます。今日からいざ飛竜との全面対決、気合いを入れていきましょう。まず、騎士は先程まで見張りをしてくれていたガイウス、そして今見張り中のダンケルを除く8名、全員で固まって進軍です。けして個人行動しないように。治癒師からはコルダ、あなたに同行いただきたい」
「了解!」
「よろしくお願いします」
ウルフロッドの一声に、一同声を揃えて返事をする。
指名を受けたベテラン治癒師コルダも恭しく礼をした。
彼はこの中では最高齢ではないかと思われるほどのベテランであり、頼れる治癒師である。
毎日午前と午後に分けて、持ち場が決められている。しかし、実はレイモンドにはそこまで関係がない。
レイモンドが拠点待機の側に回れるのなんてどうせ5日後くらいの話だ。
そのときには決着がついている可能性の方が高い。
つまりずっと前線で竜と戦い続けるのがレイモンドの役目。
指揮を取るウルフロッドも同じような条件なので文句は言えない。
ここに来るまでと同じくレイモンドとウルフロッドが先陣を切って、竜の巣へと歩みを進める。
防御の結界が張られた陣地を一度出てしまえば、ここは危険な最前線だ。
みな武器と防具を万全に装備して、気を張り詰めさせ進軍する。
「あれか、竜の巣……!」
山の頂上を越えたところで、巣の存在は一目瞭然となる。
木々の緑がぽかりとそこだけ円形に薙ぎ倒され、山の斜面に土色のクレーターができていた。
まだ距離は遠いが、レイモンドは明らかな違和感をおぼえる。
「発見時よりどう見ても大きくなっているんですが……」
「ここ2日の間にも奴らが暴れていた証拠だな。みな、上空からの奇襲に注意しなさい。あの飛び方は巣の警備のつもりだろう」
ウルフロッドの視線の先では、2体の飛竜がぐるぐると巣の上空を旋回していた。
その動きは遅く、つぶさに地面を見つめながら飛んでいるのが遠くからでもわかった。
その切れ長の瞳で飛竜を睨みつけながら、ウルフロッドは思案する。
人間8人と飛竜2体の単純な戦いでは確実に人間側が不利。だからこそ、部隊長となった彼にかかる負担は重い。
「どう近づいて攻略するかですね……。1体になるタイミングがあればそれを狙うか、あるいはあの監視すら潜り抜けて子竜を狙いに向かうか」
「せめて巣の中の子竜の場所がわかればな。奇襲ができなくもなさそうだが」
「それは俺みたいな機動力のあるやつに奇襲をさせようってことですよね、バルクさん?」
「ガハハ、バレたか!」
難しい顔のウルフロッドを和ませようとしたのか、バルクが後ろから朗らかに声をかけてくる。
レイモンドは嫌な役目を押し付けられる気配を感じ取って咎めつつも、空気を緩めるのに貢献する。
まだ飛竜の視界に入るほど巣に近づいてもいない。
焦らず、思い詰めず。じっくり敵の動きを観察して、ゆっくり作戦を立てればいい。
言外にそう伝えようとするバルクの言葉に、ウルフロッドも肩の力を抜きかけた——そのとき。
背後から、風を切る鋭い羽音。
そして突風が吹いた。
「え?」
目の前に空気の揺らぎが形として見えるほどの、強い衝撃を伴った風。
レイモンドは目を丸くした。しかしその体は風の影響を受けない。——魔法だ。
風魔法の効かないレイモンドをよそに、他の隊員たちはみな風に煽られて山の斜面を滑落する。
レイモンドの目にはその光景がスローモーションのように映った。
「ウルフロッドさん!!」
「……くそっ、飛んでるどっちかがガキか! こちらはなんとかする。レイモンド、生き残れ!」
悪態をつきながらも、ウルフロッドは澱みなく叫んだ。
斜面の下へ下へと呑まれ、ウルフロッドたちの姿が見えなくなる。
落ちた先は竜の巣だ。空を警備していた2体の竜が、今に気がついて向かってくるに違いない。
「信じますよ、先輩!」
レイモンドは大きく声を投げかけて、覚悟を決めたように振り返る。
目の前には奇襲を成功させた飛竜が、獲物を見つけたように目を爛々と輝かせて佇んでいる。
互いに守るものもなく、隠した手札もない。山の斜面に足を踏ん張り、レイモンドは剣を抜く。
人間と竜、1対1——圧倒的不利。
しかしレイモンドに、退く気はなかった。




