24.魔法士カシミア
大急ぎで自宅に戻ったカシミアを待っていたのは、悲惨な光景だった。
すぐ近くの岩山に飛竜が体当たりをしたようで、落石がそそいで家々を壊していた。
「そんな……」
「姉ちゃん!? よかった、姉ちゃん!!」
幸い、カシミアの家族は皆無事だった。
父と母、そして弟レイモンドと手を取り合って互いの生存を喜んだ。
「避難しましょう。私、さっきまでバス停にいたの。あのあたりはまだ安全そうだった」
「でも、家が……」
4人の思い出が詰まった家も、大きな岩に押しつぶされてしまった。
天井が崩れて2階は全滅。1階にはまだ入れそうだが、いつ崩れてくるかはわからない。
「しかたないが諦めよう」
「そうだよ、母さん。もし二発目がきたら……」
父と弟が母を諭す声を聞きながら、カシミアは別のことに気を取られていた。
うちの右隣の家には、まだ小さい子どもがいたはずだ。あの子は大丈夫だろうか。
「……えーん…………えーん……」
耳を澄ますと聞こえてきたのは子どもの泣き声だった。
か細くて、気を抜けば聞こえなくなってしまいそうな、いつ途絶えてもおかしくないような声。
それが聞こえた瞬間、カシミアは走り出していた。
「カシミア!?」
「先に行ってて!」
おかしな話だ。
恋人よりも家族が大事だとロランには説教をしておきながら、特に仲がいいわけでもないご近所さんのために勝手に体が動いた。
えぐれた石畳を避けそこらじゅうに転がるレンガを蹴散らしながら、カシミアは隣の家に向かった。
魔法を駆使して瓦礫をかき分け、家の中を進む。
3歳くらいの子どもが体を小さく丸めて泣きじゃくっていた。彼だ。
抱き上げて家の外に出ると、顔を真っ青にして打ちひしがれる女性が家の前にいた。
「……この子のお母さんですか」
「ぁ……そう、そうです。ありがとう、ございます……!」
子どもを助けられたことにカシミアはホッとする。
しかし救出劇の一部始終を見ていた街の人たちは、カシミアを穏やかな気持ちでいさせてはくれなかった。
「わたしのママも助けて!」
「う、うちの子も同じなんだ、瓦礫の下に……! 俺一人じゃどうにもならなくて……!」
ヒーローのような活躍を見せたカシミアに、助けを求める住民たちが群がる。
家族すら呆気に取られるなか、カシミアはどの一つの願いも断ることはなかった。
少しずつ街の中心部に向かって歩みを進めながら、道中、人助けを繰り返す。
父も母も万能の魔法使いではないし、年も年だ。レイモンドに至ってはろくに魔法も使えない。
カシミアだけが人を助けるために力を振るった。
「騎士様たちは飛竜を倒すのに必死で、人の救助なんて後回しだ。カシミアちゃん、あんた騎士様よりよっぽど俺たちの救世主だよ」
そう言われてカシミアは誇らしげだった。いい魔法士になる、と何度も言われた。
それでも一人の、まだ17歳の実戦経験もない女だ。限界はある。
「姉ちゃん、無理しすぎだ。顔色悪いぞ」
「うん……ちょっと魔力を使いすぎちゃったみたい」
「どこかで少し休もう。次頼み事をされたら俺が断るからな」
弟と父に心配され、カシミアは頷いた。これでも十分、人助けはしただろう。
もう街の中心部にかなり近づいてきて、落石や土砂崩れの被害を受けた家も少なくなってきた。
消耗しきった体は冷たく、よく晴れた暑い日なのに肌寒く感じる。
近くの花壇の縁に腰を下ろすと、頭がぐるりと回って気持ち悪かった。
いかに体内の魔力が枯渇しているのか、体が訴えている。
だから本当は何があっても、もう頑張れなかった。
頑張ってはいけなかったのに。
女性の悲鳴が遠くで聞こえた。
続いてざわざわと蜂の巣を突いたように街が騒がしくなる。
悲鳴の出どころでは、火の手が上がっていた。
「娘が、まだ中に——」
そんな声が風に乗って聞こえてきたとき、カシミアは走り出していた。
「ダメだってば! 姉ちゃん!!」
レイモンドも姉を止めるため咄嗟に追いかける。
しかし、間に合わなかった。カシミアは今にも焼けて崩れそうな家に飛び込み。
火に巻かれ閉じ込められていた少女を救ってみせた。
* * *
「……お姉さんは、どうなったんですか?」
言葉を切ったロゼに、エレノアは震える声で尋ねた。
レイモンドの姉が7年前に命を落としたことは知っているが、それでもエレノアは聞かずにはいられなかった。
エレノアの質問に、ロゼは声を詰まらせる。
代わりに答えたのは意外な人物だった。
「……魔力が尽きたとき、命がその代わりになる。カシミアと助けた女の子がちょうど外に出ようとしたとき家が燃え尽きて崩れたの。咄嗟にカシミアは魔法を使った」
「メメルさん! おかえりなさい。……でもなんでメメルさんがカシミアさんのことを?」
「見ていた。王都の若き魔法士として、年下の先輩として……わたしはあの日、カシミアを迎えに行ったの」
エレノアは目を丸くする。
歳も生まれも離れたメメルとカシミアに、そんな繋がりがあったとは。
「彼女の魔法は暴走した。女の子は助けられたけど、カシミア本人が戻れなかった」
「そんな……」
「だから、レイが命懸けに見えるなら、それはきっとカシミアに恥じないように生きた結果」
お姉さんが魔法の暴走で亡くなったことは、前にレイモンドの口から聞いていた。
その実態を知り、エレノアの心はずきりと痛む。
(だってそれじゃ……私は、止められない……)
家族でも友人でもなんでもない、ただ成り行きで知り合っただけの存在。
そんなエレノアが命を懸けないでほしい、なんて言える筋合いは、どこにもなかった。
ただ祈ることしかできない。
改めてそう思い知って打ちひしがれるエレノアに、ロゼがぽつりと言葉をかけた。
「本当、バカみたいでしょう?」
焚き火の光が、よく見えなかったロゼの表情を今度こそ照らす。
彼女の瞳もまた、不安そうに震えていた。




