23.7年前のある日
カシミアは正義感の強い少女だった。
生まれつき魔法の才能は優秀。体も強く運動神経も抜群で成績も好調、さらには容姿も秀麗。
才色兼備をまさしく体現したようなその姿に、天は彼女にだけは二物を与えたのだ、と街の人々はみな噂した。
対して弟のレイモンドは弱っちかった。
魔法が効かない不思議な体質と珍しい真っ黒な瞳を生まれ持ち、同世代の街の子どもたちからはいつも除け者にされていた。
弱虫とか姉と比べてでき損ないとか言われても、レイモンドは言い返せない。だって事実だ。
しかしそんなときには必ずカシミアが駆けつけて、いじめっ子たちを完膚なきまでに蹴散らした。
弟がかわいいからそうしていたのではない。
カシミアはただ、悪いことが許せなかったのだ。
「レイモンドもレイモンドだぞ。あんな奴らに言われっぱなしになってるなんてさ」
「うっ……でも、戦っても勝てないんだもん」
「なら鍛えなよ。姉ちゃんが付き合ってやろうか」
「いい、いらねえ! 姉ちゃん怖いから、自分でする!」
なんてやりとりもお決まりだ。
姉に助けてもらわなくて済むくらい強くなることを目指して、幼いレイモンドは腕を磨くようになった。
そしてカシミアにもまた、目指す場所があった。
「カシミアは賢くって強いから、何にでもなれるでしょう。将来の夢はあるの?」
「はい、先生。私、騎士になりたいです」
「え……? そ、それはダメよ、カシミア。騎士というのは男の人の仕事だもの」
「……どういうことですか? 何にでもなれるって、先生がいま言ったのに」
本当は騎士になりたかった。
だけどこの国ではそれが許されていないらしい。
「カシミア。先生ね、調べてみたの。騎士にはなれないけれど、女の子でも魔法士にはなれるのよ」
「魔法士?」
「ええ。騎士ほど身分は高くないけれど……魔法を使って戦ったり、人を助けたりするの。魔法の得意なあなたにぴったりよ」
「……! それなら私、魔法士を目指します!」
そうして、魔法士になるという目標を心に決めたのが10歳のとき。
カシミアは懸命に魔法を鍛え、体を鍛えた。勉学にも励んだ。
そして17歳のとき、やっと魔法士デビューの切符を掴む。
「これで……あとは試験に合格さえすれば、魔法士になれる……!」
「緊張してます? カシミアさんとしたことが、珍しいっスね」
「ロラン! ……うん。実はちょっとだけね。今まで、失敗って失敗をしたことがないから。逆に怖いの」
「う〜ん……カシミアさんなら、今回も失敗するはずないと思うけど。寂しかったらついて行くっスよ、王都まで」
年下の恋人、ロランに励まされながら、カシミアは王都行きのバスの切符を予約した。
3日後、生まれ育ったこのフェルノースを離れてカシミアは王都へ行く。
そこで魔法士の資格試験を受けて、合格すれば夢が叶う。
もちろん、魔法士になって終わりではない。
最初はいきなり任務に当たるのではなく、ベテラン魔法士の元に弟子入りすることになる。
自分の得意な魔法や長所を活かせる相手を見つけられるかどうか。厳しい訓練についていけるか。
これから先の道のりにも、不安がたくさんある。
「ありがとう。でも同行はしなくていいわ。実はね、王都の友人が迎えにきてくれることになっているの」
「友人……っスか? 王都に? 行ったことないって言ってませんでしたっけ」
「文通相手よ。私よりずっと年下だけど、もう魔法士として訓練中のすごい人なの。女の子よ」
「へぇー……上には上がいるんスね。カシミアさんよりすごい人かぁ」
「……ダメよ? 会わせてあげないから」
「なっ、俺は別にカシミアさんの才能を愛してるわけじゃないっスからね! すごい人に会ったからって目移りしませんよ!?」
ヤキモチは可愛いっスけど、と惚けたロランの声は、カシミアの耳には入らない。
バス停の予約端末を操作していたカシミアの手元に、ふと影が落ちたからだ。
(今日は快晴だと思ったけど、急に暗くなって……)
不思議に思って空を見上げたカシミアは硬直する。
飛竜が、街のすぐ上空を飛んでいた。苦しそうに、何かに怒るように、ぐるぐると喉で呻きながら。
「どうしま……うわっ!? ずいぶん近いっスね、今日は」
「……様子がおかしいわ」
ここ最近、街の近くで飛竜が空を行く姿がときどき目撃されていた。
しかし空高くを優雅に飛ぶばかりで、普段は何の害もなかった。見つければ縁起がいいと噂になっているほどだ。
しかし、この日は違った。
この辺りで一番背の高い商業ギルドのビルすれすれを飛んでいった飛竜は、このままでは街を囲む山のどれかに衝突してしまうだろう。
カシミアはいてもたってもいられず、操作中の端末を閉じた。
「私、家の様子を見てくる。あなたも妹と一緒にいてあげなさい!」
「カシミアさん!?」
「嫌な予感がするの! すぐに家族のところに行かないと!」
その場を去ろうとするカシミアの腕を、ロランは思わず掴んだ。
「家族のことがそんなに大切っスか? 恋人より!?」
「——ええ。それにあなたも、もっと家族を大切にしたほうがいいと思う。……ごめんなさい」
関係がうまく行ってないわけじゃない。将来だって見据えていた。
しかしカシミアはロランの手を振り払って、バス停に背を向けて走り出した。
街の外縁部、山のすぐそばにある自宅へと。




