22.命を懸ける理由
空がだんだん暗くなっていく。
拠点の芝生の真ん中、無心で薬草を切り刻んでいたエレノアはふと顔を上げた。
こんな事態なので持ってきた薬草も昨日摘んだ特薬草も、すべて煮出して薬にした。
そうしてできた大量の薬草キャンディや薬茶はもう拠点にはない。飛竜討伐隊が持って行ったのだ。
拠点に残されたエレノアが弄っているこれは、煮出したあとのいわば出涸らしである。
何かに使えるかもしれない、ただ捨てるのはもったいない。
そんな気持ちで刻んでみた薬草をすり鉢に移し、さらに小さく砕いていく。
ごりごりと無心ですりこぎを動かしていると、後ろのテントから物音が聞こえた。
続いて、焦ったようなロゼの声が聞こえてくる。
「落ち着いて! まだあなたたち治ったばかりよ? 治癒師として無茶は……ちょっと!」
「まぁまぁ。心配しすぎだって」
「まったくですな。我々とて数々の修羅場をくぐり抜けてきています」
ロゼはまだ眠ったままのアルフレッドとガリアの世話をするため、拠点に残っていた。
彼女がテントから出てくるということは。
「アルフレッド様、ガリアさん! 二人とも無事目覚めたんですね!」
エレノアはパッと顔を輝かせ立ち上がる。
テントから軽やかで晴れやかな顔をした二人が出てきて、エレノアに歩み寄った。
「エレノアさん、あなたの薬のおかげですっかり元気になりましたよ」
「よかったです。あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでしたっ」
「エレノアが謝ることじゃないよ。君の応急処置のおかげで、僕のお腹の傷も綺麗に繋がったわけだし」
「で、でも……!」
アルフレッドが傷を負ったのはエレノアを守るためだし、もっと元を辿れば拠点が手薄になったのもエレノアがアルフレッドを連れて採集に行ったからだ。
ずっと責任を感じていたし、謝りたかった……のだが、二人とも気にも留めない様子であっけらかんと笑っている。
その態度を見て、エレノアは違和感をおぼえる。
(二人とも、死にかけたっていうのにちっとも気にしてないし、怖がってる様子もない。それどころかむしろやる気が満ち溢れているような……)
ちょうど眉をひそめたそのとき、二人の後ろからついてきていたロゼが心底疲れた声で言った。
「エレノアからも止めてちょうだい。この命知らず二人を」
「命知らず、ですか?」
「ええ。だってそうでしょ、ついさっきまで生死の淵をさまよっていたっていうのに、もう部隊に加わろうとしているのよ!?」
「え——」
エレノアは唖然として、二人の病み上がりたちに視線を送る。
アルフレッドは悪びれもせずにへらりと笑い、ガリアは黙って穏やかに頷いた。
「だっ、ダメですよ!? そんなの絶対ダメです。体が動くからって本当に体の中まで治っているかはわからないんですよ!? 内視鏡もレントゲンもないんですから……!」
「ないし……なんだって?」
「あ。……いえ。すみません、取り乱しました」
つい前世の言葉で怒ってしまった。
エレノアがハッとして口を閉ざすと、次にゆっくりと口を開いたのはガリアだ。
「騎士の皆さんは今も戦っていらっしゃる。私だけのんびりしているわけにはいかないのですよ。たとえ内臓が本当はまだぐちゃぐちゃでもね」
「……そんなの。戦場に向かったみなさんは誰もそんなこと願っていません!」
「と、言われてもなぁ」
アルフレッドも頭を掻くが、決意を改める気はなさそうだ。
エレノアの口からは疑問がついて出る。頭で考えるより早く、縋るように尋ねていた。
「でもっ……帰りを待ってる方がいるんじゃないでしょうか? だってアルフレッド様は、帰ったら告白するって——」
「だからだよ」
アルフレッドは笑う。
先ほどまでのごまかすようなヘラヘラした笑い方ではなく、力強くニカリと口角をあげた。
自信に満ちたその笑顔には、どこか威圧感すらある。
「だからこそ、僕は行くのさ。だってこんなところでなよなよしていたら、またフラれてしまう!」
「へ……?」
「死ぬより嫌だからさ、彼女に見限られるの。……でも、心配してくれてありがとう」
ひらりと片手をあげるアルフレッドに、エレノアはもう何も言えなかった。
何を言われても誇りをもって彼は前線に行くのだと、そう理解してしまったのだ。
「……バカみたい」
ロゼの呆れた声は、ポツンと芝生に落ちて消える。
アルフレッドとガリアはそれ以上何も言わず、黙々と進軍の準備を始めたようだった。
* * *
「どうして皆さん、自分の命を大切にしないのでしょうか」
夜。手薄になった拠点に魔物が近づかないよう、せめてもの対策として焚き火は絶やせない。
揺らめく炎を見つめながら、エレノアはポツリと呟いた。
拠点に残っているのは、もうロゼとエレノア、そして指揮官ライカンだけだ。
それも、ライカンは落ち着きなさそうに拠点の外周をうろうろしていたので、ほとんど一緒にいるとは言えない。
奇襲に備えてあたりを警備してくれている騎士たち、それについている治癒師はそばにいるにはいるが、それでも心細さは消えない。
そして何より、拠点を出て最前線に向かったアルフレッドとガリアのことが気にかかってしかたなかった。
「本当、驚くわよね。ついていけないのが普通よ」
「そうですよね。レイモンド様も……今朝、薬を使ったゾンビ作戦を提案されました。あ、ゾンビっていうのは……」
「私も聞いたわ。薬をあらかじめ仕込んでおいて、攻撃を食らったら飲み込むって話でしょう」
「それです。……だいぶ諭しましたけど」
「そうね。でもその作戦が指揮官に通ったおかげで、私は前線行きをまぬがれたんだけれど」
「あ。そうなんですね。それは、よかったです。不幸中の幸いですね」
炎がぼやりと暗闇の中に、二人の輪郭を浮き立たせる。
風が吹くと光の角度がゆらりと変わって、ロゼの表情がエレノアにはよく見えなかった。
「命を大切にしていないわけじゃないのよ」
「え?」
「どうしてって言ったでしょう。一応遠征慣れしている身として、弁護しておいてあげようと思って」
パチパチと火花の散る音と、どこからか響く虫の声。
それ以外何も聞こえない夜の静けさの中、ロゼの息を吸う音がやけに大きく聞こえた。
「命を懸けたくなるのは、伝染病みたいなものよ」
「伝染病、ですか」
「そう。……人が目の前で、何かに命を懸けて死んだとき。誰だってみんな、その病にかかるわ」
大人びた美しいロゼの横顔を、目を凝らして見つめる。
長いまつ毛をたたえた瞼が、ゆっくりと閉じた。
そしてロゼは語りはじめる。
7年前、とある魔法士が死んだ日のことを。




