21.心配で泣いてたら
「レイ、もろとも行くぞ!! 〈豪流・剣〉!」
「うおっ!? 効かないからってなんでも撃っていいわけじゃねーっすよ!?」
あたりの斜面を法則性なく駆け回り、飛竜を翻弄するレイモンド。
硬い竜の鱗に剣を滑らせたところで手応えは一切ないが、全く効いていないわけでもないらしい。
飛竜はすっかりレイモンドに釘付けになっている。
その飛竜の背中に、水の激流が突き立てられる。ウルフロッドの魔法だ。
巻き込まれたレイモンドも頭から水を被る。魔法無効の体は濡れはしないが、服にビシャリと水が染みを作った。
——ギュゴァッ!?
不意打ちを受けた飛竜は後ろを振り返る。
轟々と渦を巻く水を纏ったウルフロッドの両手剣は、確実に飛竜の体にダメージを与えていた。
水で濡れてえぐれた竜の背中に、ウルフロッドは詠唱を重ねる。
「——〈氷結〉」
「うぉっ!?」
レイモンドは思わず情けない声を上げてその場を飛び退いた。
味方の魔法も、レイモンドには効かない。
だから避ける必要はないのだが、目の前の光景に体が反応したのだ。
魔法で撒き散らされた水の一滴一滴が、凍りつく。
その全てが鋭く光って尖る。
濡れた地面にも飛竜の皮膚にも、氷はザクザクと突き刺さった。
——グァアアアア!!!
痛みに悶えた竜は中空に舞い上がる。
鮮血が飛び散りあたりを
その悲痛な叫び声を聞いて、レイモンドの脳裏を嫌な予感が掠めた。
「ウルフロッドさん! 今のうちに……!」
「ああ、畳み掛けるぞ!」
「違うっ、逃げるんですよ! 陣地ももうできてるはずだ!」
ぽかんとしているウルフロッドの腕を、レイモンドは問答無用で掴んで引っ張った。
先ほどのウルフロッドの攻撃のおかげで、飛竜がこちらを気にする余裕はない。
仲間たちが陣地を敷いているはずの鍾乳洞をめがけて、二人は山の急斜面を駆け上がった。
「ま、待てレイ。いま追撃すれば……!」
「あれだけ竜が咆えてれば、番だって気がつくはずです。昨夜アルフレッドが一人で竜と戦ったときも、傷ついたやつと無傷のやつが2体いたんです」
「では——」
レイモンドの言葉が引き金となったように、バサリと空の向こうから羽が空を打つ音がした。
ウルフロッドがぎこちない動作で後ろを振り返る。そして、咄嗟に叫んだ。
「〈大地・壁〉……ッ!」
先ほど仲間を逃がすために立てていた壁が消え、代わりに二人の背後に新たな土壁がにょきりと生える。
次の瞬間、バリバリッ! と衝突音が鳴り響いた。
頑丈なはずの土壁が簡単に砕け散る。
頭突きで壁を割って二人を追うのは、無傷の飛竜。先ほど戦っていた者より少し大きく見える。
——ガルルル……グオオオォォォ!!!
口元に炎を溜め、噴き出す。
火はあたりの木々に燃え移り、瞬く間に広がっていく。
ほとんど背中を焼かれるような状況だが、幸い目的の鍾乳洞はもうすぐ近くに見えていた。
メメルの貼った防御陣の青白い光が、洞窟の奥から漏れている。
「火は俺が払います! ウルフロッドさん、先に!」
「ああ、助かる!」
木々に移った炎もレイモンドには熱くない。
身を呈して迫る火の粉からウルフロッドを守りつつ、二人は鍾乳洞に向かってひたすら駆けた。
飛竜が爪を伸ばす。魔法では攻撃にならないと気づいたのだ。
背後すれすれに竜の攻撃が迫る中、二人は鍾乳洞に転がり込んだ。
——グウウウウ……
洞窟の入り口は人ひとり分程度の隙間しかない。
飛竜は首をそこに差し込んできたが、翼がつかえて奥までは入ってこられない。
悔しげに吐き出した炎は、メメルの結界に阻まれて騎士たちの陣地に届かなかった。
「はあ、はあ……」
「おかえり。大変そうだったな」
「ええ……。レイの忠言がなければ、私一人戦い続けて隙を突かれるところでした」
肩で息をするレイモンドとウルフロッドを、部隊の仲間たちが出迎える。
焚き火がぼんやりと照らす鍾乳洞の中はそれでもひやりとして、汗でびっしょりになった体を冷ましてくれた。
「二人が無事でよかった。でも……しばらく帰れそうにない」
「あー……そのうち諦めるだろうけどな。飛竜もバカじゃないはずだ」
洞窟の入り口では今も飛竜が悔しそうに暴れている。
その姿を睨みつけたメメルは、心底面倒そうに呟いた。
彼女は陣地の設営が終わったら山を降りて別の部隊に合流する予定だったが、この状態で外に出るのは危険すぎる。
「しかたねえさ。夜までゆっくりしていきな」
「そうっすよ、メメルの姐さん! 腹ごしらえして行きましょう!」
騎士に懐かれているメメルは、手招かれるままに洞窟の地面に腰を下ろす。
レイモンドの腹の虫が思い出したようにぐう、と鳴いた。
額に浮かんだ汗を拭い、髪を後ろで縛る。
焚き火を取り囲む騎士の輪に加わり、レイモンドは食事の用意を始めた。
* * *
魔法で水と土鍋を出し、焚き火にかけてお湯を沸かす。
携帯食糧をお湯でふやかしただけのスープを食べて、一同は腹を満たした。
絶品というほどおいしくはないが、箸が止まるほどまずくもない。そういう味だ。
「メメル嬢。外はもう安全かと。少なくとも近くに竜の姿はありません」
「その呼び方やめて。ありがとう」
外を哨戒していたウルフロッドが戻ってきて、メメルを呼ぶ。
洞窟の入り口から見える外はすっかり暗い。
この夜闇に紛れれば、安全に移動することができるだろう。
「では、わたしはここで。みんなの無事と飛竜討伐の知らせをふもとで待つ」
メメルは立ち上がり、ぺこりと仲間たちに頭を下げる。
相変わらずフードで表情は見えないが、その声には力強い響きがこもっていた。
踵を返して洞窟を出ようとするメメルをレイモンドは呼び止める。
「一度ベースに戻るのか?」
「戻るけど。……空いてる信号弾の色はある?」
「信号弾? 白が飛竜と遭遇したときで赤が敗走、緑が討伐成功……黄色が救援信号だろ。あとは青とかか? 晴天だと見えるか怪しいが。しかしなぜそんなことを?」
メメルから突然寄せられた質問の意図がわからず、レイモンドは答えながらも首を傾げた。
フードの下に覗く薄い唇が、小さくつり上がる。
「青ね。エレノアがあなたのこと心配で泣いてたら、拠点から打ち上げてあげる。レイモンド様のバカ! って」
「……なっ」
「おいおい、青色が見えたからって任務を放棄してベースに戻ったりするなよ?」
「ははっ、俺たちで見張っておかないとな」
レイモンドがエレノアをこの遠征に呼び寄せたと知っている騎士たちが、口々に囃し立てる。
なんと言うべきかわからず、レイモンドはガシガシと頭を掻いた。余計なお世話だと言うのも違う。
「……それじゃ。また」
「あ、ああ」
この冷やかしのような雰囲気を作った張本人はさらりと挨拶をして、今度こそ洞窟を出て行った。
取り残されたレイモンドは、ぬるい視線で自分を見つめる仲間たちを一喝する。
「ニヤニヤしてる場合ですか、アンタら! 飛竜との決戦前夜ですよ!?」
しかし騎士たちはますます笑みを深めて、レイモンドの背中をバシバシ叩くのだった。




