20.進軍と接敵
12時ちょうど。3つの部隊が拠点を発つ。
遠征隊の騎士18人のうち、指揮官であるライカンと怪我の影響でまだ眠ったままのアルフレッドを除いた16人。
彼らはそれぞれの適性に合わせて、飛竜対策の特別編成をとる。
拠点の周りを警邏し、昨日のような奇襲に遭わないよう目を光らせる第一部隊。
飛竜が万が一人里に向かって飛びはじめた場合に備えて、山のふもとに防衛陣を敷く第二部隊。
そして、竜の巣を直接叩く第三部隊。
今回の遠征隊の中でも手練れだけが集められ、決死の覚悟で森へ分け入る。
当然、レイモンドもその中の一人に数えられていた。
「お前と前線に出るのは久々に感じるよ、レイ」
「普段は戦力を分散させられますからね。ウルフロッドさんと俺じゃ立ち位置が被ってるんでしょう」
「そうかもね。こんな機動力なんかも似ている……」
軽やかに木々を分け、山道を登っていくレイモンドとウルフロッド。
気が逸っていることもあり、二人ともすごい速度で北へ、北へと進んでいた。
いつの間にか他の隊員の姿は、はるか後ろに離れている。
二人は同時にそれに気づいて、肩を竦めた。
山中の開けた場所で、一度足並みを揃えるべくレイモンドとウルフロッドは立ち止まる。
敵の本拠地に向かう第三部隊は、この遠征隊の主力だ。
10名の騎士と3名の治癒師、そして魔法士メメルが部隊に参加している。
大所帯だが、こうして散らばることは本来得策ではない。
山道をえっちらおっちら登ってきた騎士バルクが、先陣を切りすぎた二人に呆れたような目を向けた。
「あんたらは細いからいいけどな、筋肉は山道で邪魔をすんだよ……軽やかに登っていきやがって」
「すんません。昨日のことを思うと焦っちまって……」
バルクの服には木の葉や土が張り付いている。汗と摩擦でついたものだろう。
夏の森の中はじっとりと蒸し暑く、代謝のいい騎士ほど汗をかく。
「それに、ついてきているのは騎士だけじゃない。一般人のことも考えて」
後ろから追いついてきてさらに文句を言うのは魔法士メメルだ。
彼女も、彼女とともに歩いてきた3人の治癒師もぐったりと疲れた顔をしている。
「おや、失礼いたしました。いつもの調子でいるといけませんね」
「わかればいい」
普段——昨日まで繰り返していた調査では、治癒師の魔法ありきでみな行動する。
体力を消耗すれば回復し、転んで怪我をすれば治療する……その前提があるから全員が最大速度、最大効率で調査を進められるのだ。
しかし今回は、竜と戦うという目的がある。
戦いに最大限リソースを残すため、治癒師の魔力はできるだけ温存しておかなくてはならなかった。
「では、ゆっくりと向かいましょう。午後3時までに向こうに着けばいいですからね。改めて方針の確認を。竜の巣から山頂を挟んでちょうど裏側、都合よく鍾乳洞がありますのでそこを我々の陣地とします。常に騎士2名、治癒師2名をそこで待機とし、交代制で前線を哨戒。竜1体だけと交戦できるチャンスがあれば積極的に叩きます」
「メメルはどうするんでしたっけ」
「メメル嬢の適性は本来、人里を守る第二部隊。陣地の構築が終われば単独で下山し、ふもとの第二部隊に合流していただきます」
「その呼び方、やめて。……私はあくまでガリアの穴埋め。ここではあまり働けないけど、最低限のことはする」
「なるほど。よろしくな」
攻撃向きの魔法を扱う魔法士ガリアは、昨夜の襲撃のダメージからまだ目を覚ましていなかった。
それで防衛魔法の使い手であり戦いには向かないメメルが、ここまで駆り出されたというわけだ。
計画を確認し、一行は目標の鍾乳洞を目指し歩みを再開した。
行く手を阻む木の枝を断ち、足場の悪い斜面をゆっくりと登っていく。
体力と魔力を温存し、来たる戦いに備えるように。
そして、2時間ほど黙々と歩いただろうか。
上り坂が下り坂になり再び上り坂になる。山を一つ越えた証拠だ。
目標の鍾乳洞まであと少しというところで、ふと治癒師の一人が立ち止まった。
「なんでしょうか、この音は……」
言い出したのは遠征にも慣れたベテランの治癒師だ。
この場にいるどの騎士よりも年上の、いわば重鎮である。
彼が気になることをいうものだから、一同は疑わず臨戦体制に入ることができた。
つまり、不幸中の幸いである。
「伏せろ!!」
騎士の誰かが叫ぶ。言われるまでもなく皆が地面に伏せ頭を守った。
ブオン、とすぐ頭上で風を切る羽の音がする。
「出迎えに来やがったか……!」
1体の飛竜が、バサリとゆっくり羽ばたいてその場にホバリングしている。
それが放つ凄まじい威圧感は、やはり明らかに騎士団への敵意を示していた。
「1体だけと交戦できるときは積極的に叩く、だったなぁ!?」
真っ先に立ち上がり、剣を抜いたのはバルクだ。
血気盛んなバルクが今にも飛竜に飛びかかろうとするのを、ウルフロッドの一喝が止めた。
「陣地確保が先だ! 逃げ場を確保せずに戦えば崩れます!」
「だが背を向けるわけにもいかん!」
——キュグオオオォォン!!!
言い争う騎士の声をかき消すように、飛竜が咆哮する。
攻撃の合図か、それとも仲間を呼んだのか。誰もわからないが、空気は張り詰める。
痺れるような緊張感の中、ウルフロッドだけが口を開く。
今度は冷静な声音で、彼は仲間たちに告げる。
「これは一級騎士からの命令です。私とレイモンド以外、陣地確保のため計画通り鍾乳洞に向かいなさい。ここをまっすぐ上って左、近づけば一目瞭然です」
「……承知した」
バルクが苦い声で頷いた。他の隊員たちも立ち上がり、先へ進もうとする。
当然飛竜はそれを許さない。鱗に囲まれたギョロリとした目が、歩き出す騎士を睨め付けた、その瞬間。
「〈大地・壁〉! レイモンド、二人で止めるぞ!」
「応ッ!!」
高い土壁が地面からせり出し、仲間たちと飛竜の間を分断した。
壁の中に残るのは、ウルフロッドとレイモンド、そして1体の飛竜だけ。
レイモンドは自分の能力をよくわかっている。この状況なら自分は囮だ。
隙ができるのも構わず、彼は地面を蹴って飛竜の目の前に肉薄した。




