18.襲撃の去ったあと
パチパチと焚き火の爆ぜる音だけが響く、遠征隊のベースキャンプ。
普段ならみな寝静まっている深夜1時に、エレノアはまだ忙しく働いていた。
「ちょっと沁みますよ。すぐ終わりますから」
「っ……。悪いな、ありがとう」
予備のビニールシートをつなぎ合わせて作った雨除けの下、騎士たちは所狭しと雑魚寝をしている。
飛竜の襲撃を受けた拠点は荒れ放題だ。
燃やされ破られたテントも多いので、寝床を失った騎士たちはこうして寝袋ひとつで夜を越すしかない。
その隅っこで、エレノアは軽傷の騎士の手当をしていた。
バルクというその三級騎士は、両手両膝のあちこちにひどい擦り傷を負っている。
痛そうだが治癒師にかかるほどではない、絶妙なライン。
そういう人たちを治療するのが、今のエレノアの役目である。
使うのは、先ほどアルフレッドに作ったのと同じ塗り薬だ。
特薬草ではなく、持ってきたふつうの薬草で作ったため効果は劣るが、この程度の傷なら翌朝までには治るだろう。
バルクは薬の沁みる痛みから気を紛らわせるように、苦い声で竜の襲撃の様子を話す。
「ちょうど俺たちが帰ってきたころに、やつらも拠点に来やがった。あの2体の竜は、俺たちが武器を下ろしたちょうどそのときにテントを裂き、火を噴いた……ひでぇ不意打ちだ」
「それであの惨状だったのですね」
「あぁ。騎士だけじゃねぇ、治癒師や魔法士まで大半やられたからな。治療も回らなきゃ、火を消す人手も足りん。あんたとレイが戻ってくるまで、どうなることかと思ったよ」
二人が拠点に戻ってすぐ。
惨状を目の当たりにして、レイモンドは消火活動に駆けていった。
エレノアは作り置きの薬を持って、真っ先に治癒師を探す。
怪我をしていなかったのはガーベラだけで、彼女は一人で必死に重傷者の命を繋ぎ止めていた。
ガーベラとともにロゼたち傷ついた治癒師を探し、一人ずつ薬を飲んでもらって回復させる。
まず治癒師6人がみな動けるようになれば、他の騎士たちを癒す効率も上がると考えたのだ。
エレノアの機転が功を奏して、重傷者の治療はなんとか回った。
幸い誰も取り返しのつかないことにはならず、今は騎士も魔法士も治癒師も、眠れる者から眠っている。
エレノアは治癒師の手が回らない軽傷者の手当を任された。短時間で、魔力の消耗もなく治療ができる薬のいい活用方法だと思う。
役に立てているとは思うが、それでもエレノアの胸にはしこりが残っていた。
「……すみません。私がアルフレッド様を連れて拠点を離れていたせいで、警備が」
「アルの目が覚めたら二人でこっぴどく叱られるといいさ。……アイツは、大丈夫なのか?」
「きっと。今は傷も完全に塞がって、あとは本人の体力次第だそうです」
アルフレッドは応急処置しかできていなく、呼吸は安定しているように見えたがエレノアでは判断できない。ロゼに改めて見てもらった。
「なら平気だな。アイツはしぶといやつだ」
「はい。そう思います」
エレノアの言葉は信頼や、祈りに近かった。
アルフレッドが——あの優しい青年が、自分のために命を落とすなんて、考えられない。考えたくない。
表情を暗くしたエレノアを見て、バルクはどんとエレノアの肩を叩く。
「まだしょげるには早いぞ! 明日もあるんだ。さっさと終わらせて早く寝な」
本人は手加減したつもりらしいが、エレノアの細い体はぐらりと揺れた。叩かれた肩がじんじんと痛い。
しかしそれはきっと、バルクの騎士なりの優しさだ。
エレノアはバルクに向かい、深々と頭を下げた。
* * *
翌朝。朝一番に、遠征隊の面々が野ざらしになった芝生に集まる。
ここにいるのは治癒魔法や薬のおかげで、傷が回復した人々だ。誰も昨夜の傷跡を残しているものはいない。
アルフレッドと、魔法士ガリアの座るはずだった場所だけが空いていた。二人とも昨夜の傷が治っておらず、まだ眠ったままだ。
何も知らない人が見たら万全の状態の騎士団に見えるだろうか。
しかしみなどこか張り詰めた、殺気立った気迫をまとっている。
この遠征の指揮官であるライカンから話があると、皆がここに集められた。重要なので治癒師、魔法士にも話すという。
エレノアは体験したことのない緊張感に、ごくりと唾を飲んだ。
「改めて、昨夜我々が目撃した飛竜についてだ」
そう前置きして、ライカンは重々しい声で告げた。
「二日前、一部の部隊が北東の山間部に残された竜の痕跡を確認していた。それを受けて昨日、レイモンドが単独で巣を探していた。こちらから先手を打つための判断だったが、結果として出し抜かれることになってしまった……昨夜はみな、ご苦労だった」
かく言うライカンも昨夜は身を呈して部下を守り、竜と戦って大怪我を負っていた。
今は綺麗に繋がっているが、右腕がありえない方向に曲がっていたのを覚えている。
それでも今日は弱さを見せず指揮をとる。騎士とはそういうものなのだろう。
「理屈はわからんが、あの竜たちが人に害意を持っているのは確かだ。……かつてフェルノースで起きた、竜災のときと同じ」
ライカンの隣に並んで立っている、レイモンドと副官ウルフロッドが苦々しく視線をさまよわせた。
エレノアの脳裏に竜災の景色が焼き付いているように、騎士たちにとってもあれは悲惨な災いだったのだろう。
「万が一にも王都に被害を出さないため、先手を打たねばならない。巣の場所はレイモンドが発見済み。幼い竜が1体、眠っていたことを確認しているそうだ。そして、拠点を襲った2体の飛竜はおそらく番……あの巣に毎夜帰っているかは不明だが、子どもを叩けば釣り出せるやもしれぬ」
子どもを人質にとって竜をおびき出し、攻撃しようということだろう。
拠点から追い払えば終わりではない。
自分たちの帰る場所の安全を守るためにも、これから騎士たちは危険に飛び込み、戦わなくてはならないのだ。
「……こちらから竜を叩く。刺し違えてでも王都に被害は出させない、総力作戦だ!」
「応!!」
みな覚悟の決まった顔で号令を返す。エレノアの隣に一人立っていたメメルも、固い顔で頷いたのが見えた。
エレノアだけがひとり、押しつぶされそうな不安のなか頷くことができない。
その揺れる瞳は、ずっとレイモンドの姿を見つめていた。




